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12月31日

6時過ぎに起床し、荷造り後にホテルで朝食をゆっくり済ませ、8時28分出発のICEにはゆとりをもって乗車。ライプツィヒまでは1時間20分ほどで到着。

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(途中の車窓からの景色)

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(思いこがれたライプツィヒに到着)

3年連続で出張で勝手知ったる場所としている嫁さんに、私はおのぼりさんのようについてゆきます。まず駅前からタクシーで10分たらずのラディソン・ブルー・ホテルにチェックイン。規定時間外でしたが、交渉の末部屋に入れました。荷解き後さっそく心強くも、空腹時と疲労時には取り扱い注意のガイドさん(つまり嫁)と共に市内観光に出発したのは11時ごろ。

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(ゲヴァントハウス、ライプツィヒ・タワー、大学)

これまで私は、彼女がこの街の土産話をするたびに、妬ましい気持ちでいっぱいだったことを告白します。それはいうまでもなくバッハゆかりの場所だから。キリスト教系の幼稚園に通い、信者ではないながら日曜礼拝に通ってバッハの讃美歌などに親しみ、そして小学生高学年でブランデンブルク協奏曲に夢中になり、そしてマタイ受難曲やミサ曲などのこの作曲家の音楽が大好きな私としては、大して思い入れのない彼女が3度も訪れていたことに、内心忸怩たる思いを抱えていました。慰めのために彼女がバッハ関連の土産を多数買ってきてくれたにもかかわらずです。そもそも嫁さんは、日本でもバッハを演奏するコンサートに行っても「なんだか説教くさくて苦手」と遠慮なく言い放つような人。「猫に小判」じゃないか、と毎回思うのが妬みの一部にあったことは認めざるを得ません。

まずはゲヴァントハウスの事務所に向かい、予約済み今夕のコンサートチケットを受け取ろうとしましたが「夕方から開けます」との張り紙。やむなくニコライ教会の脇を通り、旧市庁舎とアウアーバッハス・ケラーを両脇にみて、トーマス教会へ。広場にあるインビス「カリー・カルト」は休業中で、ここを気に入っている彼女を多いに落胆させました。まず最初の仕事として、トーマス教会に隣接するショップで翌日、つまり元旦夕方の「クリスマス・オラトリオ」のコンサートチケットを受け取りました。

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13時半にこの教会で行われるコンサートも鑑賞する予定でしたが、すでに教会の外には長蛇の列なので、まずは昼食を優先させるべく老舗の「カフェ・バウム」で腹ごしらえ。「シューマン・エックはどこですか?」と店員さんに尋ねると、この店に通った音楽家のお決まりの席はすぐ目と鼻の先の場所なのでした。

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食後は階上の博物館をちょこっと見学。その後コンサートに入れるかどうかトーマス教会に戻りましたが、すでに満員とのことでドアは閉じられていました。翌日は来られる保証があるからとあっさり諦め、アール・ヌーヴォー調の「カフェ・リケー」へ。これほど混んでいるのは見たことがない、と私の専属ガイドさんがいうほど店内は満員でしたが、タイミングよくなんとか席につけました。

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しかし嫁さんが注文したアプフェルシュトゥルーデルは準備するのに30分ほどかかり、彼女の忍耐限界に達したために残念ながらキャンセルすることに。とはいえゆっくりお茶をして、ニコライ教会の中をのぞくなどより道をしてから、17時からのゲヴァントハウスでの「第九」コンサートのために支度をするためにホテルへ帰還。

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(ファウストとメフィストの像の前は大混雑)

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(バッチリおめかししてイザ出陣)

着飾ったのちに出向いたチケットオフィスはすでに開いており、首尾よく入場券を確保。クロークに荷物を預けたのちにロビーにて、おのぼりさんよろしくいたるところに掲げられた歴代指揮者の肖像や天井の絵画を写真にとっていると、「大きな絵ですから写真に撮るのは大変ですよね」と日本語で声をかけられました。その男性は高野さんというゲヴァントハウスの広報担当者。「お声をかけていただきありがとうございます」「お越しいただいてありがとうございます。楽しんでください」と短いやりとりを交わしたあと、ふと数年前に東京新聞で、バッハに傾倒してライプツィヒにわたった日本人男性の記事が印象に残ったので切り抜いていたはずだと思い出しました。帰国したらスクラップブックを調べてみようと思いながら客席へ(その記憶はまさに的中。高野さんには後日連絡をとったのでした)。

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どこの席かなと、はじめて訪れるコンサートホールに迷いながら、階段をえっちらおっちら上ってたどり着いたのはなんと最上階のてっぺんの席。

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とはいえ売り切れ間近のところを確保できた席なので文句はいえません。1920年から恒例となっているライプツィヒの「伝統の第九」でのお目当ては、9か月後にこのオーケストラの首席指揮者就任予定のアンドリス・ネルソンスの指揮とゲオルク・ツェッペンフェルトのバス。38歳のネルソンスは、2014年のタングルウッド音楽祭で、急病のドホナーニーの代役としてボストン交響楽団を指揮するベートーヴェンの7番を聴いたことがあり、とても生き生きとした迫力のある指揮ぶりをする人という印象。バイロイト歌手でもあるツェッペンフェルトは、2010年にウィーンにてヴェルディの「レクイエム」のバスとして予定されていたのですが、急病のため目の前で観られなかった人。「第九」はバスの良しあしがすべてを決める、と勝手な素人解釈をしている私は楽しみ。

最上段の席からみるホールはサントリーホールに似ています。いや、こちらは1981年に完成したそうなので、1986年に出来た東京のコンサートホールのほうが「後輩」ですね。さて、満場を埋めた聴衆から盛大な拍手を受けて始まった「第九」は、冒頭からとてつもなく気合いみなぎる演奏でした。昨晩のベルリンでの「第九」も素晴らしい演奏でしたが、勢いのよさ、強弱のメリハリなどの点でははるかに今晩のほうがスリリング。特にティンパニーの壮絶ともいえる強打は、まさに渾身の一撃という印象で、これほどのインパクトおる演奏は聞いたことがありません。

そして第4楽章がはじまり、待ちに待ったバスの独唱。ツェッペンフェルトの知的な深い声は朗々と最上段の席にまで響き「さすが!」と私は笑顔に。ステージ背後の席を埋め尽くした大編成の合唱陣も見事な出来栄えですごい迫力。4か月前に東京で「第九」の合唱団に素人バスとして加わって歌詞を暗記している私は、歌いたくなる誘惑に耐えつつ声を出さないように”Air Singing”(造語)により無言で歌に加わりました。

見事な演奏が終わり、場内はスタンディング・オベーション。客席からネリソンスに花束を渡す初老のご婦人が、ずいぶん長く若きマエストロと話し込んでいる様子がとても印象的でした。


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(ロビーにあったフツトヴェングラーとヴァルターの写真)

※この日の素晴らしく壮絶な演奏はYoutubeでみられますので、興味のある方はぜひご視聴を。Gewandhaus beethoven 9 2016 で検索をかければ出てくるはず

日ごろは演奏会に対して批評家顔負けの厳しい評価を下す嫁さんも大満足の様子。むろん私もです。そして「第九」のフレーズを口ずさみながら、我々はいったんホテルに戻って大晦日の夕食のためにニコライ教会近くのインド料理「India Gate」へ。

過去の数々の経験から、大晦日のヨーロッパでは、私からみれば不当に高価な料理が提供されるし、予約がとりづらいしで、お腹が満たされればソーセージでもハンバーガーでもいいじゃないかというのが私の意見でしたが、食事に多大な優先順位を置く嫁さんにとってはさすがにそれでは済まないようで、ipadで探し出してその店を発掘したのでした。

ほぼ満員の店内でカレーなどをたらふく食べて大晦日の糧に。ホテルに戻った我々には睡魔が襲います。ベッドでのうたた寝から目覚めさせられたのは、まもなく深夜零時になろうという頃でした。窓の外の大音響と閃光はヨーロッパの年越しの恒例行事の野放図な花火打ち上げ。日付がかわり2017年になったところで私たちは新年のあいさつをし、ふたたび眠りについたのでした。もっとも「今年」になったとたんにいっそう激しくなった轟音のためにしばらくは寝つけなかったのですが....

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(ひっそりとした新年を迎えるゲヴァントハウス)