戦国 城跡 歴史の裏側教えます!!

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こんにちは、城跡で日本を元気にする「城跡地域活性活用専門アドバイザー」であり「日本マイナー歴史研究専門家」の原 一六四(ひろし)です。

 

本日は、愛すべき残念な武将シリーズをお送りいたします。

 

今回、主人公となるのは毛利輝元君です。

 

皆さん、毛利輝元と聞くと、豊臣政権下では、五大老の一人とか関ケ原の戦いでの西軍の総大将とかイメージはあるけど、どんな人物かというとハッキリと分からないイメージないですか?

 

そんな輝元君、結構残念な武将なんですよね。

 

では、紹介していきますね。

 

輝元君、皆さん、ご存知のように中国地方の大大名 毛利元就さんの孫です。お父さんは、毛利元就さんの長男、隆元さんです。このお父さんの隆元さんが早くに死んでしまい、僅か十一歳で毛利家の家督を継ぎます。お父さんの、隆元さんも結構、残念な武将なので、また紹介しますね。

 

輝元君が家督を継いだころの毛利家は全盛期と言っても過言ではないくらい大きくなっていました。家督を継いだと言っても、祖父の元就さんが実権を握り、また元就さんが亡くなると輝元君の叔父さんの、吉川元春さん、小早川隆景さんがおり、「毛利の両川」として毛利家を運営している状態でした。

 

実は、輝元君、毛利家の三代目としてボンボンとして育てられたかというと決してそんな事は無く、元就や二人の叔父さんに、かなり厳しく教育され家臣が居ない所では、折檻を受けたりしていたと言われています。

 

 

そんな厳しい教育を受けた輝元君も成長をし時代は、豊臣政権となり、豊臣家に臣従の道を歩み始める輝元君。輝元君、秀吉にかなり気に入れられていたのか、輝元君の居城の広島城は秀吉の聚楽第を模して造られたと言われています。秀吉に気に入れられてなくては、そんな風に城は造れませんからね。

 

そして、この広島城は現代では、日本百名城に数えられています。

 

しかし、徐々に人生が残念な方へ傾き始めていくのです。

 

今回はここまで。次回も楽しみにしていてくださいね。

 

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本日は戦国大名の家紋シリーズです。

 

本日は、戦国武将を紹介したいと思います。

 

本日の主役は、上杉謙信の家臣で、上杉家屈指の猛将!!柿崎景家君です。

 

上杉家の合戦では常に先鋒を務めた柿崎景家。敵はその名を聞いただけで逃げだしたと言われています。ただし、その死は、いまだにハッキリしていない謎のままです。

 

そんな柿崎景家君の家紋は九曜紋です。

 

 

しかし、面白いのが大根の家紋である。これは、真向かい大根と呼ばれる家紋で景家君の子孫が柿崎家の家紋としました。

 

元々は、景家君が旗印にしていた大根を家紋にしたと言われています。大根は「おおね」と呼ばれ、大地に力強く根を張る事から、子孫繁栄の意味がある縁起物と言われています。

 

家紋に大根とは、珍しく面白いですよね!!

 

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今回も、前回と同じ、豊臣秀吉のエピソードを書きました。

 

秀吉は人心を掴む天才でした。今回は、そんな秀吉が部下の心を掴んだエピソードです。

 

秀吉には可愛がっていた鶴がいました。ある時、秀吉の部下が、秀吉の可愛がっていた鶴に餌をやろうとした際

 

誤って鶴を逃がしてしまいます。

 

秀吉の可愛がっていた鶴を逃がしたとあれば、打ち首も免れません。

 

覚悟を決めて、部下は秀吉に正直に報告しました。

 

報告を聞いた秀吉のとった行動とは・・・・

 

このエピソードを通じて、秀吉がどのように部下の心を掴んだかが分かります。

 

大変良い話なので、きっと、明日誰かに話したくなりますよ。ちょっとした知識ですが知っていると自分の引き出しが増えますよ!!

 

メルマガは無料なので安心して読んでくださいね。

 

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本日は、戦国武将の家紋シリーズです。

 

今回、紹介する戦国大名の家紋は、蒲生氏郷君です。結構好きな武将です。

 

蒲生氏郷は、六角氏の配下の武将、蒲生氏の子供で、信長が六角氏を下した際、婚姻関係を結んだ相手で、信長の婿になったのが氏郷君です。

 

彼は、メキメキと才能を発揮させ、その武将としての評価はそうとう高かったと思います。

 

そんな氏郷君の家紋は、蒲生対い鶴です。

 

 

これは、先祖が戦場で窮地に陥った際に生還に導いた故事になっらった物と言われています。

 

その後は、翔鶴、松皮菱になって、その後秀吉の北条征伐についていった際、名族小山氏から巴紋をゆずられて、巴紋を使っていたと言われています。

 

しかし、氏郷君は、あまり紋には拘りがなかったと言われています。

 

もう一つの「戦国 城跡 歴史の裏側教えます!!」第14号発行いたしました!!

 

今回は、豊臣秀吉のエピソードです。「長短槍試合」について書いています。「長短槍試合」が分からないという人も、このメルマガを読めば分かりますし、その話から、ビジネスや人生に役立つヒントが分かります。歴史が、少し苦手という人でも大丈夫なように分かりやすく書いていますので、安心してください。

 

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本日は「お城を知ろう!!」の続きです。昨日の続きで、備中松山城です。

 

戦国の時代に翻弄させられる、三村元親と備中松山城。それは織田信長という存在でした。

 

織田信長が大頭してくると、三村元親の後ろ盾となっていた毛利家がなんと三村家の敵、宇喜多直家と手を結びます。

 

それを受けて、三村家は織田信長と手を結ぶのです。ただ、これはまだ三村元親の早計であった。なにせ、この頃は、まだ織田信長は中国地方まで手が回らない状況でした。

 

毛利家の猛攻に、三村元親は織田信長の援軍も得られず、籠城戦を展開するも敗戦。自刃してしまいます。

 

その後、備中松山城は毛利家の物となります。そして、時が流れ、江戸時代、小堀氏が入城、その後は池田長幸が入り、池田家が断絶した後は水野家が入ります。その二代目で、今の備中松山城の形になったと言われています。

 

そして、水野家が廃絶となって赤穂藩主・浅野長矩が受け渡され、忠臣蔵で有名な大石良雄(大石内蔵助)が城主となります。

 

その後は、安藤家、石川家、板倉氏が城主となり明治まで続きます。

 

めぐるめく城主が代わった備中松山城。今は、代々の城主によって守られた城は観光に人気の城となっています。

 

是非、一度は訪ねてみたいお城ですね。

 

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