どうにもらならない
抗えない大きな波が
生きていく過程にはいっぱいあって
時として、そのマイナスの力に
押し潰されそうになる

けれども、幸いにも今、
心は全く折れてない
むしろ何が起こっても動じない
ある種、研ぎ澄まされた境地にいる
そんな感じだ

やっぱり世界は光と闇でごった返してる
晴れと雨、表と裏、太陽と月、陰と陽
シンプルなようで入り組んだこの世界に
生きるってことは、
目に映る全てのものを、
受け入れる覚悟をするって事に他ならない

負を有り難く受け入れろなんて
綺麗事を言うつもりはない
苛立ちながら、悲しみながら、
遣る瀬無い想いに駆られ、
ぼろぼろになった先に光を見つける事

それが、それこそが、
たった一つの生きる意味だと
そう信じてる

元々感情的な人間な方だとは思っていたけど、

大津の事故のニュースを見ると、

どうしても悲しみが込み上げてくる。

 

多分大人としては、こういう事故があった後に、

今後同じ様なことが起きないためにはどうしたら良いか??と、

考えるべきなんだろう。

 

けど、、、

 

まだ人生が始まったばかりで、

楽しいことが待ち受けているかわいいおチビちゃん達が、

不運にもこの世を去らなければならなくなってしまったことに、

どうしても悲しさで胸が痛くなってしまう。

 

ニュースを観た時に「あれ??なんで幼稚園側が謝罪してるんだろう?」と、

心底不思議に思った。その状況をしばらく理解できなかった。

時々幼児虐待を犯す変な施設もあるから、

そういった類の話なのか?とも思ったけど、

実際は全然そんなことはなく、

子供達を大切にしている施設だと後々知った。

 

きっと美しい琵琶湖を子供達に見せて、

この日も何気ない1日を楽しませてくれていたんだろうな。

 

自分が傷つくことは構わない。

だけど、自分が大切にする人たちや守るべき人が、

目の前で苦しんでいたり辛い思いをしていたり、

ましてや命を落としたなんてなったら、

自分の痛みなんかより遥かに超越した痛みが襲ってくる。

きっと、一緒にいた保母さんもそんな感覚だったんじゃないかなと、

そう思った。

 

それぞれが背負った痛みが、この先何の役に立つのかなんて、

さっぱり分からない。

 

だけど今はせめて園児も保母さんも、

自分を責めることなく、そっと祈りを捧げ、

痛みをなだらかにして欲しいと心底願っている。

 

ふと気を抜くと

無性に涙が込み上げてくる

 

取り戻せない時間を嘆くことは

如何に愚かなことかと常々思っていたのに

無駄に生きてしまっているかの様な日々に

何度となくむせび泣きをしそうになる

 

でも そんなことを考えながらも

実はそんなに思い悩むことなんてないって気もしてて

やっぱり結局「自分が感じることこそが大切だ」って結論に辿り着く

 

だから老婆心ながら少し助言を

 

大人でもこんだけ無駄に心が揺れたりするんだから

子供の頃なんて絶対に怒りや悲しみを

コントロールすることなんてできやしない

 

きっと君ももうすぐそんな壁にぶつかっていく

 

だけど心配せずに色んな感情を吐き出していい

一向に構わない 怖くなんかない 

その感情は間違ったものじゃない

 

ふとどうしよもない感情に苛まれて

とめどなく流れる涙を抑えられなくなったら

自分の立っている場所を見てごらん

 

きっとその場所では 君を愛する大切な人たちが

ただ隣にいて君を抱きしめたり笑わせたり

大丈夫だよって笑顔で語りかけるから

 

その愛情に包まれて 

ちょっとだけやっかいな不安ってやつを

ゆっくりと溶かしていけば良いんだよ

もちろん時間がかかってもいい

 

少しして涙が引いたら

また外に出て濁った空気を吸いながら

心にガツンと訴えてくる真実を探しに行こう

 

きっと探しているものが見つかる

 

そして探し物が見つかったら

心をいっぱいにして

今度は溢れ出る喜びをみんなに分けてあげよう

そっと気づかれない様に

大切な人に分けてあげるんだよ

 

それがきっと素敵に生きるってことさ