今日の音楽「邦楽編」(その353) | 洋のblog

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今回の邦楽は岸 洋子さんで「希望」。

リリースは1970年でオリコンの最高位は2位でした。

以下はこの曲と岸 洋子さんに関するウィキペディアの記事です。
本当に浮き沈みの激しい人生の方でしたね。。。
復帰間際での急逝はご本人も無念だったでしょうね。。。
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作詞:藤田敏雄、作曲:いずみたく、編曲:川口真による。

元々は倍賞千恵子のミュージカルのために作られた曲である。
しかし、元々はしみじみと歌い出し後半に欠けて盛り上がっていく曲調だったため
曲の長さが6分半近くあり、そのため倍賞のバージョンのレコード化は実現しなかった。
その後1969年にフォー・セインツが最初からテンポを上げて
4分強の長さまで短縮したものがレコード化され、オリコンチャートでは最高26位に入ることとなる。
1970年4月1日に岸がカバーして同曲をシングルとして発売。
オリコンチャートでは最高2位、1970年度のオリコン年間シングルチャートで12位にランクされ大ヒット、
同年末の第12回日本レコード大賞・歌唱賞を受賞した
(但し当時膠原病の闘病入院中により授賞式には不参加、又同年の第21回NHK紅白歌合戦も出場辞退)。
1971年春の第43回選抜高等学校野球大会では、入場行進曲としても採用される。
また岸は同年末の第22回NHK紅白歌合戦に2年ぶり7回目の出場を果たすが、
同回が岸の生涯最後の紅白出演となった。


岸 洋子(1935年3月27日 - 1992年12月11日)は、日本のシャンソン歌手、カンツォーネ歌手。
本名:小山 洋子(こやま ようこ)。所属レコード会社はキングレコード。

山形県酒田市出身。オペラ歌手を目指していたが心臓神経症のため、断念。
病床で聴いたエディット・ピアフのアルバムに感動しシャンソンに転向。
同じく日本のシャンソン歌手だった越路吹雪が“魅せる歌手”と呼ばれることに対して、
岸は“聴かせる歌手”と呼ばれていた。

『夜明けのうた』『希望』などヒット曲を連発する中で膠原病を発症、
第12回日本レコード大賞歌唱賞を受賞するも、授賞式に出席できず電話対応となる。

1992年11月19日、自宅玄関で転倒、肋骨を損傷し入院。
入院中も年末のディナーショーの準備を行い、12月12日に退院が決まっていたが、
12月10日に意識不明となり、12月11日敗血症のため急逝。

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