Vol.51【悲劇の「アポロ13号」はどのように地球に帰って来たのか②】の続きです。

 前回は、この時点のスピードのままでは、電力も酸素も水も、帰還の途中で尽きてしまうことは明白なので、2回目のエンジン噴射が計画された、というところまでお話ししました。

 

 激論の末に出た結論である「月着陸船の2回目のエンジン噴射までは誘導装置を使い、その後は、司令船と月着陸船のほぼ全ての装置のスイッチを切り、船内を真っ暗にし、凍り付くような寒さにする」という方法が採用され、月の裏側を回った段階で2回目のエンジン噴射が実施され成功しました。

 予定どおり、司令船と月着陸船のほぼ全ての装置のスイッチが切られ、月着陸船の中の生活環境は極度に悪化していき、3日間にわたって乗組員3人は厳しい試練にさらされることになりました。

 月着陸船の中の温度はじわじわと低下していき4℃以下となり、宇宙服を着ようかという案も出されましたが、宇宙服の内側はゴムでできているので、汗がたまるとかえって悪い状態になる(→宇宙服を着ると暑くなるのでしょうか?)ということで却下されました。また、もともと月着陸船は2人用に作られていて、そこに3人が詰め込まれているので、一人が動くとその動きが他の二人に伝わるという極めて不愉快な状況でした。緊張と寒さの余り一睡も出来ません。

 別の問題も発生しました。月着陸船の二酸化炭素の濃度が徐々に上昇し始めたのです。二酸化炭素の濃度が高くなることは非常に危険な状態で、頭痛やめまいが起こり最悪の場合は死に至ることになります。原因は二酸化炭素用のフィルターの能力が足りなくなったことでした(2人用の月着陸船に3人乗っているので)。無人となった司令船用のフィルターを流用しようとしましたが、月着陸船のフィルターとは形が違いそのままでは利用できない状況でした。NASAの管制センターでの検討が行われ、司令船と月着陸船の中にあるもの(マニュアルの表紙や宇宙服を入れていたビニール袋、粘着テープなど)を利用して改良した試作品が完成しましたが、それはNASAの最先端技術とは程遠い手作り感満載のものでした。管制センターの指示どおりに月着陸船の中で同じものが作られ、それが作動を開始すると船内の二酸化炭素濃度はあっという間に下がり危機を脱することができました(私はこれが本当の「危機管理」だと思います)。

 その後の24時間、乗組員は何もすることがなく、ただひたすら寒さと不快感に耐えていました。水が不足しており、水分の摂取を控えていたため全員が脱水症状に陥り、特に、膀胱炎になったヘイズ飛行士の症状が重く、体の震えが止まらなくなり、ラベル船長は体を巻き付けるようにしてヘイズ飛行士の身体を温めました。

 追い打ちをかけるような事態が発生します。大気圏再突入まで24時間を切った時点で、アポロ13号の飛行軌道が徐々にずれ始めたのです。大気圏突入時の角度の誤差は2度しか許されません。浅く突っ込むと、石が水面を跳ねるように弾き飛ばされ、逆に急角度で突っ込むと、隕石のように燃え尽きてしまいます。それは管制センターが把握していない事態であり、コンピュータが故障したのか、誘導装置の調整が不足していたのか、それとも操縦に関わることなのか、いろいろなことが想定されましたが、アポロ13号にはもう時間がありませんでした。原因が特定できない状況ですが、飛行航路の修正を行わなければなりません。誘導装置が作動していないので、3軸方向の調整を行うため3人で協力して手動で姿勢制御を行い、ラベル船長が、管制センターの指示どおりに手動でエンジン噴射を行いました。通常はコンピュータが行うことで、こんなことをしたのはアポロ計画でこの時だけだそうです。

 圧倒的に電力の残量が不足している状況で、太平洋上への着水まであと10時間と迫ってきても、司令船の電気系統を再起動する順はまとまらず、大気圏再突入まであと9時間を切った段階で、やっと再起動のためのチェックリストが完成しました。管制センターからアポロ13号にその内容を伝えるのに2時間もかかり、その内容をスワイガート飛行士が検討しました。大気圏再突入まで6時間という時点で、スワイガート飛行士は司令船のスイッチを次々と入れ始めました。全ての機能を停止し4日間も氷漬けにされて設計上の限界を超えていた司令船が復活するかどうかは分かりませんでした。

 司令船は見事に甦りました。しかし、体は冷え切り、疲労の極にある乗組員には、一刻の猶予も残されていません。ヘイズ飛行士は高熱の身体で業務を遂行し、後に「ビッグゲームに出る野球選手のようなものですよ。やるしかありませんでした」と語っています。

 

 

 

※ Xに画像を投稿しました(2024.6.20)。

 

https://twitter.com/sasurai_hiropon

 

(以下次回→時期は未定)