私は昭和31年(1956年)生まれです。私は映画や音楽が好きで、ジャンルを問わず、数多くの映画を見たりいろいろな音楽を聴いたりしてきました。何十年も前に見た映画の一場面を突然思い出して中古のDVDを買ったり(→サブスクは好きでないのです)、何十年も前に聞いた曲を聴いて今でも感動したりしています。いい映画や音楽は永遠に心の中に残るものなんですね。
今回は、ちょっと変わった視点からお話ししたいと思っています。
よく、「あの人の演技はうまい」とか「あの人の歌や演奏はうまい」とか言っているのを耳にします。この場合の「うまい」という表現に、私は違和感を覚えてしまうのです。ネットの「実用日本語表現辞典」なるものでその意味を調べたら、「技術や手法が優れているさま」と出てきました。
私が、昔見た映画の一場面を思い出したり、昔聴いた曲に今でも心を動かされたりするのは、決して「うまい」(技術や手法が優れている)からではないと思うのです。
私は、極論すれば、音楽や演技や絵画などにおいて「技術は必要ない」と思っています。もちろん、それによってお金をもらうプロは、ある程度の技術は必要だとは思っています。
例えば、ピカソの有名な絵を見ると、素直に感想を述べるとすれば「子供が描いたような絵だな」ということだと思いますが、ピカソの「青の時代」の絵を見ると、そのデッサンなどの正確さに驚かされます。
[「ピカソ 変な絵」の画像]
[「ピカソ 青の時代」の画像]
個人的なことで恐縮なのですが、私の息子は今は40才近いおじさんですが、彼が幼い頃に描いたモグラの貼り絵やバイオリンで弾いた農夫の歌という曲(→MP3で残しています)などは、今、見たり聴いたりしても、素直に「いいなあ」と思います。
テレビのドキュメンタリーで、世界的なピアニストであるフジコ・ヘミングさんがおっしゃっていた「間違ったっていいじゃない、機械じゃあるまいし」という言葉を思い出します。
[フジコ・ヘミング ラ・カンパネラ]
以前、カラオケの点数やピアノの技術を競う番組がよく放送されていましたが、私はあのような番組を見ると不快感を覚えていました。あれは「音楽」ではないと今でも思っています(個人的意見です)。
話は少し横道に逸れますが、皆さんは、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた「モナリザの微笑」という絵画をご存じだと思います。世界的に「名画」であるという評価が定着していると思いますが、私には、あの「微笑」と言われている表情が気持ち悪くて仕方がないのです(目が笑っていない)。私の感性では、「得体のしれない薄笑い」としか見えないのです。
[「モナリザの微笑 レオナルド・ダ・ヴィンチ」の画像]
[レオナルド・ダ・ヴィンチの聖母子像]
例えば、ある映画(特に例示しません)が大ヒットして世間的に評判を呼んだとしても、自分が見て「いまいちだなあ」と思うなら、それがその人の評価なんだと思いますし、それでいいんだと思います。
映画や音楽や絵画などについては、技術や世間的評価ではなく、その人自身の「心に響くかどうか」が大事だと、私は思っています。一人一人で感じ方が違うのですから、自分にとって「いい」のかそうでないのかを素直に自分の心に問いかけてみることが大事なのではないでしょうか。
