Vol.159【ふと思い出す漫画たち①】の続きです。

 私は昭和31年(1956年)生まれです。私のこどもの頃は漫画雑誌の全盛の頃で、小学校の低学年までは、「少年」、「少年画報」、「冒険王」、「漫画王」などの月刊漫画雑誌が主流で各社がしのぎを削っていました。小学校の中学年になると「少年サンデー」と「少年マガジン」が同時に発刊され、次第に週刊漫画雑誌が主流となっていきました。

 「鉄腕アトム」、「鉄人28号」、「伊賀の影丸」、「スーパージェッター」などの大ヒットした漫画はすぐに思い出されますが、ふとした時に「そう言えばあんな漫画もあったな」と思い出す漫画があります。今回も、世間的には忘れ去られているそんな漫画たちについて、個別にお話ししたいと思います(順不同です)。記憶があいまいなことについてはお許しください(むしろ断片的にしか覚えていない)。カッコ書きは作者名です。

 

【ロボット三等兵(前谷惟光)】

 「ロボット三等兵」は、第二次世界大戦中の日本陸軍を舞台に、軍人として入隊したロボットが巻き起こす騒動を描いたドタバタコメディ漫画です。

 今回調べてみたところ、貸本漫画として1955年(昭和30年)から1957年(昭和32年)にかけて全11巻が発行され、その後、漫画月刊誌「少年クラブ」に1958年(昭和33年)から1962年(昭和37年)まで連載された、とのことです。

 私は昭和31年生まれですので、この漫画をリアルタイムで読んでいません。しかし、この漫画のことは記憶にあるので、多分近所の貸本屋さんで古い単行本を借りたか、散髪屋さんで順番を待っている時に読んだかだと思います。

 主人公のロボットは、「鉄腕アトム」のような洗練された姿ではなく、まるで丸太に手足を付けたように不格好だったと思います。今思い返しても「ダサいなー」と思います。人間より格下の「三等兵」というのは今では差別になるでしょうね。

 

[「ロボット三等兵」の画像]

 

【スポーツマン金太郎(寺田ヒロオ)】

 「スポーツマン金太郎」は「寺田ヒロオ」さんの代表作です。寺田ヒロオさんは、かつて漫画家志望の青年が集(つど)った「トキワ荘」のリーダー的な存在でした(Vol.88【幸せだった「トキワ荘」の時代を思う】、Vol.127【かつて「寺田ヒロオ」という漫画家がいた】を参照してください)。

 「スポーツマン金太郎」は明るく正しい少年漫画の典型のような漫画で、寺田ヒロオさんにしか描けない本当のこどものための漫画だったと思います。

 この漫画は、「週刊少年サンデー」の1959年創刊号から1960年32号まで連載されました。私は、この頃3才~4才だったのですが、いくつかのコマを断片的に覚えています。今思い返しても、ていねいで温かい漫画として思い出されます(よっぽど印象に残ったのでしょうね)。

 この漫画については「マンガペディア」に簡潔に紹介されていますので、以下に引用させていただきます。どうもありがとうございます。

 「オトギ村の足柄山ジャイアンツの金太郎は強打者。鬼ヶ島ライオンズの桃太郎は速球投手。いつも優勝を争って試合を続けていた二人は、ついにプロ野球に入って力比べをすることにした。金太郎はジャイアンツの本塁打者、桃太郎はライオンズの完投投手を目指して球界に飛び込む。めきめきと実力を発揮した二人は、周囲の人たちの温かい応援に支えられ、競争相手でありながら無二の親友として成長していく」。

 どうです、ワクワクしてきませんか。この漫画は、第1回講談社児童まんが賞を受賞しています。

 

[「スポーツマン金太郎」の画像]

 

(以下次回→時期は未定)