私は昭和31年(1956年)生まれです。私の青年時代は、今のようにネット環境が発達しているわけではなく、娯楽の種類も限られていて、休日には、本や漫画を読むか、ビデオを借りてきて見るか、テレビを見るか、ステレオで音楽を聴くか、映画を見に行くか、そんなことをして過ごしていました。

 今よりもよくテレビを見ていたように思います(今は、見るとしても予約録画をしたものを見ることが大半です)。テレビでは、「ザ・ベストテン」を筆頭に多くの音楽番組が放送されていて、そこに出演するのは、演歌の世界の人以外は「アイドル」歌手が多かったように思います。

 私の青年時代のアイドル歌手と言えば、男性ではやはり「郷ひろみ」、「西城秀樹」、「野口五郎」(敬称略:以下同じ)の「新御三家」で、女性では「山口百恵」、「桜田淳子」「森昌子」の「中3トリオ」が有名でした。少し遅れて、男性では「田原俊彦」、「近藤真彦」、女性では「松田聖子」が圧倒的な人気を博すことになりました。それ以外のアイドル歌手も数多くいて、また、いわゆる「フォークソング」と呼ばれていた「アリス」、「かぐや姫」、「さだまさし」なども人気がありました。

 そのような数多くのアイドル歌手の中に「キャンディーズ」という女性3人のユニットがありました。

 そのメンバーは、「伊藤蘭」(敬称略:以下同じ)、「田中好子」、「藤村ミキ」の3人で、愛称は「ランちゃん」、「スーちゃん」、「ミキちゃん」でした。その外見を言えば3人とも見事にタイプが違っており、ランちゃんは少年があこがれるような可愛らしいタイプ、スーちゃんはちょっとふっくらして親しみやすいタイプ、ミキちゃんはスレンダーなタイプでした。

 デビューしてからしばらくは親しみやすいスーちゃんがセンターでしたが、当時のマネージャーが、ランちゃんのファンは他の二人に比べて男性の割合が高く、また、ランちゃんが「少し色っぽい憧れのお姉さん」的な雰囲気を持っていることに気づき、5枚目のシングル「年下の男の子」以降ランちゃんをセンターにしたところ、このシングルがベストテンに入りし、キャンディーズの人気は次第に高まっていきました。

 その後、「その気にさせないで」、「ハートのエースが出てこない」、「春一番」と立て続けに大ヒット曲を連発し、キャンディーズは女性アイドルの頂点に立つことになります。

 

[「キャンディーズ」の画像]

 

[「年下の男の子」 キャンディーズ]

 

その一方で、彼女たちは「8時だョ!全員集合」などのバラエティ番組にも出演し、アイドルらしくない変な格好をしてコントを演じるなど、茶の間に親しみやすいキャラクターとして幅広い人気を獲得していました。

 

[キャンディーズのコント]

 

 また、ステージでは外国の曲にも挑戦するなど、音楽的に前向きな努力をしていたと思います。後に、ホーンセクションを中心とした高い音楽性とド派手な衣装で注目された「スペクトラム」の前身である「MMP」がバックバンドを務めていました。

 

[PLAY THAT FUNKY MUSIC キャンディーズ・MMP]

 

[スペクトラム イン・ザ・スペース]


 キャンディーズでは、ランちゃんがセンターを務めることが大半でしたが、ランちゃんが一人だけ目立って「ランちゃんとその他の2人」とは決してならずに、最後まで「キャンディーズ」というユニットとして活動したことは、本当に素晴らしいことだと思っています。おそらく3人とも人間的に優れた人だったのではないでしょうか。

 私個人としては、彼女たちが解散する1年ほど前にリリースされた「やさしい悪魔」と「アン・ドゥ・トロワ」が今でも好きです。当時、「やさしい悪魔」を初めて聞いたときに「あれっ、これまでのキャンディーズと違うな」と思いました。そしてシングル盤を買って(私がアイドルのレコードを買うのは珍しいのです)、作詞・作曲者を見たところ、「作詞:喜多条忠、作曲:吉田拓郎(以下、「拓郎さん」と言います)」となっていて、「やっぱりな、例のコンビか」と思いました。私は、若い頃に拓郎さんの曲で人生が変わったと思っていますので、敏感に分かるのです。

 

[やさしい悪魔 キャンディーズ]

 

[アン・ドゥ・トロワ キャンディーズ](これは口パクですね、レコードと同じなので。MMPがヒマそうです)

 

 キャンディーズは、ショービジネスの世界という制約の中で、最後まで質の高い音楽を届け続けました。スタッフも優れていたのでしょう。思い出すと胸が熱くなるようなキャンディーズのようなユニットは、もう現れないのかもしれません。