3、キャッチャーの魂(3)
鍋パーティーが終わると、恵は陽一と一緒に鎌倉駅まで歩いた。
「うちって馬鹿な家族でしょ?」
「あはは、楽しかったよ」陽一は冬の夜空を見て笑った。
陽一は久々の家庭の雰囲気に満足していた。
「ねえ陽一、さっき淳に野球の事教えてたでしょ?あれは古屋監督が教えてくれた事なの?」
すると陽一は首を横に振って「全て親父に教えてもらった・・・・」と言った。
「そうなの?」
「俺・・・最近思うんだよ。昔、親父の事を不満に思っていた事が一杯あったけど、あの時に親父に教えてもらった事が、今の俺の基礎になってるんだよ・・・最近、だんだん親父と言ってる事が同じになってきた・・・結局親子って似てるんだなって思うんだ・・・・」
二人はしばらく歩いて少し時間が経つと、恵は口を開いた。
「ねえ陽一、聞いていい?」
「なんだよ」
「陽一ってお父さんの話しはよくするよね。でもなんでお母さんの話しはしないの?」
恵の質問に陽一は黙り込んだ。
「話したくない?」
「ああ・・・」
「そっか・・・じゃあ話さなくてもいいよ。でもいずれはちゃんと話してね。陽一の事ちゃんと知りたいから」
「わかったよ」
やがて二人は鎌倉駅前までやってきた。
「じゃあね陽一、また明日会おうね」
「ああ」
改札口を抜ける前に陽一は「恵、筑前煮美味しかったよ。また作ってほしい」と言った。
恵は陽一の言葉に「うん」とうなずいて、改札口に消えていく陽一をずっと見つめた。
恵が鎌倉駅から帰ってくると、恵の家では、淳紀と恵の父が何か言い合っていた。
「淳、そんな思いつきで自分の進路を決めるな」
「思いつきなんかじゃないよ。本当に港南で野球がしたいんだよ」
公立高校の受験をする筈だった淳紀は、陽一の野球理論を聞いて急に港南にいくと言い出したのだ。
「私立に二人も入れる程、うちは金持ちじゃないよ・・・」
「お父さんわかってるよ。そこをなんとか」
「う~ん」と言って、恵の父は腕組みをして考えた。
すると恵は「お父さん。私、バイト代の一部を家に入れるよ。だから淳のやりたいようにさせてあげて」と言った。
恵は、自分が私立に通っている事で、淳紀が我慢をしなければならない事は耐えられなかった。
恵の父はしばらく古ぼけた家の天井を見つめていた。
そして「わかった。淳の好きなようにやれ」と言った。
淳が「お父さんありがとう」というと、恵は「有難う。お父さん、私これから家にお金入れる」と言った。
すると父は「お金はいらない。なんとかするよ」と言い、恵の母に「母さん、なかなか楽できないなあ」と言って苦笑いした。
淳紀は、こうして2月に港南学院を受験する事となった。
話が終わると、淳紀は二階の部屋へと上がって行ったが、恵だけが居間に残された。
「恵、話がある」
「何?お父さん。急に・・・」
すると恵の父は、寂しげに語りだした。
「はっきり言うが、ウチはあんまりお金が無い・・・。淳紀まで私立に通わすのは大変な事なんだよ・・・」
恵は父の話を黙って聞いた。
「お父さんは、お前が二十歳になるまでは、しっかりと面倒をみようと思っている。しかし二十歳になったら、恵は自立して欲しいんだ。つまり大学には行かせてはやれない・・・。その事で俺を恨んでもかまわない。これは甲斐性の無い俺の責任だからな」
寂しげにそう言う父の姿を見ると、恵は少し辛くなってきた。
そして恵は「お父さん、大丈夫だよ。よくわかったから」と言って笑った。
翌日、試験休みに入った恵と陽一は、昼下がりのヴェルニー公園を歩いていた。
「そうか、淳紀をウチの学校に入れる替わりに、二十歳で自立しろってか・・・」
「それでいいよ。私、もともと大学に行く気なんてないし、大体そんなに勉強できないもん。最初からそのつもりだった」
「そうか・・・卒業後の進路はどうするんだ?」
恵は少し考えたが、答えが出てこなかった。
「まだ考えてない・・・」
恵はそう言って空を見上げると、鼻先に冷たいものを感じた。
雪が降り出したのだ。
「雪だ・・・」
「本当だ。雪だ・・・」
横須賀の街に降る初雪は、またたくまに空を白く染め上げていった。
すると恵は、笑顔で雪空を見上げ手を広げた。
そして「陽一、雪だよ」と言って、その場をゆっくりとターンした。
横須賀の町に、本格的な冬がやってきた。
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