メジャーリーグのMVP候補のスタントン(マーリンズ)が左目の下に死球を受け 担架で運ばれるといショッキングな出来事があった。

ナ・リーグで本塁打・打点の2冠王の位置にいる選手だが 今季絶望的になった。過去に 死球により骨折などの大怪我をしてしまい選手生命に大きく影響を及ぼした選手も多い。

私は 1996年 3月20日、オープン戦、西武球場での出来事で、この時は巨人に在籍していたのだが 右手首に死球を受け すぐに 病院に行ったのだが 骨折しており この年の大部分を棒に振った。

それまで続けていた連続試合出場も1180試合で途切れ、また、レギュラーの座も失った。

95年は 不甲斐ないシーズンだったので 96年に対する思いは強く それまで順調に来ていて非常に楽しみなシーズンになると思っていた矢先の出来事で骨折が判明した時、目の前が真っ暗になった。

この年を境に 出場機会は激減していった。ただし、失うものもあれば得るものもある。

レギュラーでは 見えなかった事が ベンチで座っていると見えてきた。お山の大将だった自分が 他の選手をサポートする側になり野球観も変わった。ものの見方も 色んな方向から見れるようになった。生涯のキャリアとしては 大した事のない成績しか残せなかったが 数字以上に野球のノウハウを学んだと思っている。

ただ、自分の人生を振り返り、「あの時、ケガをしてなかったら」とか「FAをせず、ヤクルトに残っていたなら」なんて思う事もある。

まっ、今でも「何で ヤクルトを出たの?」なんて お叱りを受けることもあるのだが……。

私は 「人生行って来い」だと思っている。得るものも有れば失うものもある。山が高けりゃ、谷も深い。

96年のあのケガから 今まで味わったことのない苦労をしたことが 今の私の野球観を作っていると思う。ヤクルトに ずっと残っていればキャリアとしての成績は 今より 数段良かったと思うが その分、うぬぼれ屋さんの世間知らずだったと思う。

「人生、行って来い」、私の好きな言葉である。

昨夜の試合、菊池の死球で一触即発になったが 故意の死球は 許せないが 失投による死球は仕方がない。失投による死球が元で 乱闘になるなら それも プロ野球の一つの面白さでもある。

もちろん、青少年の教育には よろしくないし、どんどんやれ、とは言わないが 時々 エキサイトする乱闘シーンがあってもそれがプロの醍醐味だろう。

因縁の試合も見る側にとっては 面白い。フェアプレーのもと、感情むき出しで試合をするプロ野球も一味ある。

巨人に3連敗して 脱力感が襲い 何とも言えない気持ちになったが 今日の試合は 面白くなりそうだ。