交流戦がスタートした。

今シーズンは一発のホームランで勝負が決まるというケースが軒並み増えた。そしてホームランが量産傾向にあるのも事実だ。ブランコはこの時点で19本も打っているし、比較的非力と思われる選手(昨日で言えば広島の中東)からもホームランが出ている。

昨日の試合、タイガースは坂口の一発で負けてしまった。しかし、こういうことはどちらにもあり得ることで、実際タイガースはヤクルト戦、新井貴の一発で勝負を決めたこともある。

これらの現象、ボールが飛ぶようになったのだから、当然の結果だろう。それを受け入れた対処が必要になってくる。

私が問題だと思うのは飛ぶ、飛ばないということではない。この飛ぶようになった事実が公表されていないことが問題なのだ。誰の指示で、どういう経緯で飛ぶようになったのか、全く公表されていない。明らかに変わったのに、なぜそのことを不透明にするのか?

透明性、公平性が問われる時代に逆行している。

さて、昨日の試合に話を移そう。
人間万事塞翁が馬という言葉がある。
私は昨日の敗戦はヤクルトの打ちやすい投手陣を打った反動じゃないか、と思っている。

交流戦は初物と当るものだ。とかく、タイガースは初物に弱いなどとマスコミは書き立てる。

だが、いつまでも初物に弱いと言っているだけでは何の進歩もない。確かに昨日はディックソンの動くボールにやられたことは事実だ。これを「初物だから」と片付けるのはあまりにも安易だ。しかも、初物を克服する方法論なんて技術的には皆無だ。初物には弱いという結論を出す前に、単に正しい分析の元に正しい修正法や調整を怠っている可能性がある事を知って欲しい。

例えば、野球には大量得点を獲った翌日に、点を取れず貧打で負けるなんてことが往々にしてよくある。逆に好投手に抑えられた翌日から、打線全体が調子を崩すこともある。これらはどちらもバッターがフォームやタイミングを崩させられ軸が微妙にずらされた結果であるという解釈が出来る。

このことがわかっていればそれぞれ調整法がしっかり固まってくる。もちろん、調整の具体的な方法は人ぞれぞれだが、少なくとも「初物に弱いだけ」と括ってしまうよりは課題が明確であり、練習の精度も上がる。

打ちやすい投手を打ち崩した翌日、また、好投手に抑えられた翌日、そこには何か普段と比べて歯車が狂っている訳で、各々のバッターは再度、自分のフォームや軸がブレてないか確認が必要となる。思えば、こういうことをしっかりする人が良いバッターになっているのだ。

私が現役の頃、憧れの打者だった落合さんは緩い山なりのボールを打って調整をしていた。巨人時代の松井秀喜は調子が悪くなると逆方向に打って調整していた。

それぞれ調整法は違うであろうが、そうした課題を持って改善していくという作業を身につけなくてはならない。タイガースの選手も、それぞれの調整法を身につけて欲しい。

いずれにしても、そういう調整がしっかりできているかどうか、今日の試合を見てみないと、はっきりと断言出来ないが、今日のオリックスの先発は松葉というこれまた初物である。今日はタイガースのバッターがどれだけ「初物」の対策と調整をしているか、注視してみたい。