お盆休みをもらったので京都へ行ってきました。
旅行なんて、ぼくはめったにしないのですが、
「ここを逃したらいつ行くのさ! 」という叫びに押され、3日前にようやくホテルの予約をしました。
たまたま、そのホテルがいい自転車をレンタルしていたので、市内半域を巡るプランに急きょ変更しました(ちなみに、ぼくは自転車をこよなく愛しております。それはもう30キロくらいなら、軽いもんです。しかもママチャリで!)。
コースは京都のど真ん中から(東本願寺らへん)、京都御苑~金閣寺~仁和寺~嵯峨野~嵐山~鈴虫寺~市内という流れです。お寺はこれ以上ないくらい注意深くかつ真剣に眺め、ひと寺5分くらいで後にしました。仁和寺のおじいちゃん警備員が、美人のお姉さんには満面の笑みだったのに、ぼくには生ごみでも扱うかのような対応がとても印象的でした。
京都の人は外面はいいけれど、本心では何を考えているか分からない、という話を聞いたことがあります。
帰りにマルエツで買い物をしたときのことです。レジをしていたおばちゃんが「お箸をつけますか?」と京都の訛りで聞いてきました。
「お箸とスプーンもお願いします」とぼくが答えると、突然隣にいた若い子の腕を叩いてレジを抜けだしてしまいました。
それが不愉快というわけではなかったのですが、タイミング的にどうなのかなと思いました。
世の中には「いじわるをする人間」が必ずいます。それが必ずしも悪いというのであれば、世間でよく言われているように相手にしないというのが一番なのでしょうが、なかにはそうでない場合だったり、相手を落とし入れようとする人さえいます。映画や小説ではこうした「悪役」は欠かせないものですが、「何でそこまでするんだろ」って思ってしまいます。
旅行の根本にあるのは「癒し」だと思います。普段行かないところで、新たな刺激を受ける、ゆっくり温泉にでもつかってリフレッシュする。その目的は変わりません。
ですので、今回ぼくが行ったおすすめスポットをひとつ紹介します。最後に行ったお寺、「鈴虫の寺」です。
何がいいか?
拝観料を払うと強制的にお坊さんのお話を聞かされます。これがけっこう、いやすごく面白いんです。ポイントは、「強制」であるということ。
靴を脱いでお寺にあがると、さりげなくお茶をすすめられます。前の人が腰かけるので、次もまず間違いなく同じ行動をとります。
「 マインドコントロール」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。まれに東京都内でいかがわしい商品を高額で売りつけるセミナーがあります。これと一緒、というのは恐ろしく失礼だとは思いますが、原理としては同じです。御札を買った人は、そんな考えなどよぎりもしなかったに違いありません。そもそも「願い」が叶うなら、こんなありがたいことはないです。ぼくの頭が少々、いやかなりひねくれているだけです。
「 面白い」と言ったのは、実はそういう意味じゃありません。そのお坊さんの話、あるいは説法というものが本当に面白いのです。たとえば、ディズニーに行ってわくわくする女の子の気分。それと同じような空間を、いちお寺の中で「創り」だしていることにぼくの心がときめくのです。
この人はクリエイティブだなと思いました。文字のように「物」ではないけれど、それでも人の心を動かす力をもつ人だと感じました。きっと販売の営業をやらせたら、素晴らしい成績を残すでしょうな。
さて、そのお坊さんの言ったことで、「なるほど」と思ったことがあります。さきほどの「嫌がらせ」に通じるものです。
仏教ではさまざまな苦しみについて説きます。なかでも、一番苦しいのは人間関係の苦しみです。お坊さんはお茶と菓子から、巧みに仏教の説法へと話をすりかえます。そして、その苦しみから抜けだすための方法まで教えてくれます。
どうです? ちょっと行ってみたいと思いませんか? これが「不意うち」でくるのです。 帰りは皆さんそろって、仏像の前でお祈りをしていました。嘘じゃありません。かなりの人がそうしていました(ぼくはその人たちがどいてくれたら、お寺の写真がきれいに撮れるのにと思っていました)。
気になった方がいたのなら、ぜひとも体験してもらいたいです。
それでは!






