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JKSと沙代子の部屋

アンニョン(*^^*)
チャン・グンソクのファンです。彼の最新情報提供ではなく、彼を取り巻く環境など多岐にわたってアカデミックな情報提供したいと思います。

 

前回の城壁に囲まれた中の

王宮について紹介したいと思う。

 

 

朝鮮王朝時代、王によって使われていた宮殿が違う。

それは

1592年豊臣秀吉の朝鮮出兵により

あっという間に都が陥落し、

宮殿や離宮など焼失し

移転や避難を余儀なくされたからである。

 

朝鮮半島の歴史で繰り返された

王族や官僚たちの血で血を洗う

闘争などで煌びやかな王室は

残酷な王室の宮殿となるのである。

 

Ⅰ.景福宮(キョンボックン)

漢城(漢陽)に遷都した当初から、

約200年に渡って正宮として使われた。

1592年豊臣秀吉の出兵により焼失。

現在の建物は、
19世紀末に再建されたもので
現在でも、復元工事が進められている。

Ⅱ.昌徳宮(チャンドックン)

景福宮の離宮として建てられた宮殿。
1592年豊臣秀吉の出兵により焼失。
この時第14代宣祖は
「景福宮」ではなく、「昌徳宮」の再建に着手。
約260年間、最も長く王が住んで政治を行った宮殿である。

Ⅲ.昌慶宮(チャンギョングン)

1592年豊臣秀吉の出兵により焼失。
15代光海君の代に再建された。
その後、17~18世紀におきた火災で再び焼失。
1834年23代純祖の時代に再建されたものの、
1907年以降、
日本政府がここに動物園と植物園を建設。

昌慶宮を復元する計画が立ち上がり、
1986年に竣工した。

Ⅳ.徳寿宮(トクスグン)

豊臣秀吉の出兵で義州へ逃れた14代宣祖が
戻ってきて臨時に住み、続いて15代光海君も
住んだと言う。
その後、26代高宗が皇帝位を退いてから
この宮に住むようになった。

Ⅴ.慶熙宫(キョンヒグン)

15代光海君によって1616年に建てられた宮殿。
ここは、16代仁祖の父親の私邸だった。
仁祖反正(クーデター)によって王位を追われた
光海君は完成を見ることはなかった。
その後、何人かの王がここを居所としてきた。
日韓併合後、
日本政府によってそのほとんどが取り壊されてしまい、

現在のものは、1980年代以降に復元されたもの。

韓国ソウル観光は、宮殿巡りもよいのでは拍手