江南は
韓国で一番地価が高い所であり
韓国の人なら誰しもが憧れる地域であるという。
しかし
1970年代までは
見渡す限り田んぼと畑、
漢江が氾濫して浸水も頻繁で
交通もかなり遅れていたという。
誰でも住みたがらない地域であった。
ソウルの中心地には
東西方向に大きな川 “漢江(ハンガン)” が流れ
北側を江北、南側を江南と呼んでいた。
王宮をはじめとするほとんどの歴史的遺跡は
江北地域にあり、現在のソウルは
江北地域から発展してきた。
朝鮮戦争で南北の分断による混乱から脱して
朴正熙政権になると
ソウルは人口が集中し,飽和状態に至り
さらに爆発的に増加したのである。
北に集中しているソウルの均衡を図るため
江南地域への分散と拡張を計画した。
1969年に江南地域を結ぶ“第3漢江大橋” が
本格的な江南開発の歴史がスタートとなった。
1970年にはソウルと釜山を結ぶ
“京釜高速道路” が江南地域に完工した。
政府は
公務員たちへ強制的に移住させ始めたが
脆弱な基盤施設のおかげで移住は低調で、
漢江以北地域の宅地開発禁止措置をとり
何が何でも江南地域へと移転、移住政策を強行した。
しかし
子どもたちの学校に問題があり
江南に職場が移転しても江北から江南に通勤する有様。
そこで
江北の有名名門学校を強制的に移転させた。
江北に散在していた15の名門学校が江南に集中し、
それにより
熱心な保護者と学生たちが各地から集まり
江南の教育環境が激変したのである。
そして
江南は富裕層の地域として
「いつかは江南に住む!」という夢の地域である。
忘れてはならない事。
それは
朴正熙政権でのソウル発展は
軍事政権下で成し遂げられた事。
当時、日本から贈り物(5億ドル以上)があった事。



