18本目(2月28日鑑賞)


イーストウッドの辛辣な問いかけ
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アメリカン・スナイパー


監督・製作:クリント・イーストウッド/脚本・製作総指揮:ジェイソン・ホール/原作:クリス・カイル/スコット・マクイーウェン/ジム・デフェリス/美術:ジェイムズ・J・ムラカミ/衣装:デボラ・ホッパー

出演:ブラッドリー・クーパー/シエナ・ミラー/ルーク・グライムス/ジェイク・マクドーマン/ケビン・ラーチ/コリー・ハードリクト/ナビド・ネガーバン/キーア・オドネル


地元でロデオに明け暮れていたクリス・カイル(ブラッドリー・クーパー)は、アメリカ大使館へのテロ報道を見て軍に入ることを決意。小さい頃から狩猟で鍛えたライフルの腕を買われ、結婚したばかりにもかかわらず、狙撃手として中東戦線へと派遣される。

安否を気遣う妻のタヤ(シエナ・ミラー)の願いが通じたのか、クリスは無事帰還。我が子の出産に立ち会い、幸せな家庭を築こうとするものの、夫の微妙な変化に気付き戸惑う。二人の間の不協和音も解消しないまま、クリスは再び戦地へと向かう。


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イーストウッドが戦争の英雄を扱う。意外といえば意外。原作ありき。なので、よもや否定はしないと思うのだが…という部分に注目しての鑑賞。


カメラは彼の人格形成に大きな影響を与えた幼い頃の父との関わりを追う。そして幾度となく最前線へと送り込まれることになる。最初に仕留めたのが幼い少年。彼の精神の瓦解はここから始まる。

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戦場である砂漠と平和な本国の家庭。そのギャップに心を痛めるクリス。戦場で絶えず緊張を強いられてきた彼に平穏はない。些細な生活音にさえ、敏感になる。


賛も否もないまま、物語は彼の4度の派兵と帰還を紡ぐ。同じ戦場を歩いた退役軍人との関わりで、癒そうと試みるが、最悪の悲劇で彼の人生は幕を閉じる。彼は正しかったのか、癒されたのか、赦されたのか。イーストウッドは、その答えを観る者に委ねた。


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初めてだ、ブラッドリー・クーパーがいいと思ったのは。父の影響を色濃く受けた彼の演じるクリス、一本気が、不器用さが、痛々しい。すごくいい。


シエナ・ミラー演じるタヤの存在は、「女の理論」である。戦地で命を張る者にとっては絵空事である。ただ「女の理論」はここでは「人の理論」に他ならない。


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幼い子供の命を奪った男が、自らの子の誕生に立ち会う、その対比。結論付けていない本作にあって、イーストウッドの心情を探るひとつのヒントではないか。


強烈な戦場リアリティを追及した「ローンサバイバー 」、「ハート・ロッカー」、英雄的な作戦を追った「ゼロ・ダーク・サーティー 」、ひとつのエンターテインメントに仕上げた「グリーンゾーン」。本作はそのどれとも一線を画す。一人の人間を中心に据え、交互に差し込まれる地獄の戦場と平和な本国。夫婦の間の不協和音は、そのまま作品構成の不協和音となる。それもそのはず。戦争という怪物自体が他の何ものとも共鳴などするはずないのだから。

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もしかしたら、多くの日本人は本作を観て、何の解説もなしにこの不協和音が腑に落ちるのかもしれない。イーストウッドは、多くの米国人に不協和音を感じ取ってほしいのではないだろうか。何かが違うんだということに気付いてほしいのではないだろうか。


160…クリスが葬った命の数。家族の悲しみの数はその何倍か。多くは名前も知らない命たち。殺すことに麻痺してしまうと、人間はやはり壊れてしまう。


無音のエンドロールは「補習時間」。劇場が明るくなるまでじっくり考えなさいと。にもかかわらず、席を立ってしまう人たちにとっては、対岸の火事でしかないんだろうか。そう思うと、少し怖い。


hiroでした。



脚本8 映像8 音響8 配役8 他(音楽)8

40/50