仙台の終活ガイドひろ(仮)が思うこと -92ページ目

仙台の終活ガイドひろ(仮)が思うこと

終活と出会い、終活の大切さを広めようと思ったことは、
終活と縁があったんだと思います。
そんな私が終活で良くも悪くも新しい発見をし、それらを記録に残していこうと思います。

老害か・・・
正直、あまり気持ちのいい言葉じゃないです。

老害と言われる側に問題があるのか。
それとも、言う側には問題はないのか。

結論から言えば、
どちらか一方だけが悪い、という話ではないと思います。

確かに、言われる側にも課題はある。

・自分の価値観を絶対だと思ってしまう
・「昔はこうだった」で話を終わらせてしまう
・相手の話を聞かず、正論で押し切ろうとする

こうした姿勢が続けば、周囲が息苦しくなるのも事実だ。

でも、「老害」という言葉を使う側は、本当に問題がないのか。

・理解しようとする前にレッテルを貼っていないか
・対話を諦めるための言葉になっていないか
・自分の不都合を、相手の年齢のせいにしていないか

「老害」という言葉は、
相手を黙らせるための言葉として使われることがあると思います。
それは議論ではなく、切り捨て。

 


老害とは年齢の問題ではない。
関係性が壊れてしまった結果、出てくる言葉。

話を聞かない側。
話そうとしない側。
その両方が積み重なった先に、この言葉。



「老害と言われない生き方」も大切
「言われたときに、自分を振り返れるか」も大切だと思います。

そして同時に、誰かを「老害だ」と感じたとき、自分は対話を試みただろうか
その場にたった一人でもフォロー役、味方役がいないと人は簡単に追い詰められてしまう。

人間だから『コノヤロー』『くそ〇じぃ、くそ〇ばぁ』って思うことはありますよ。でも、そういうのと『老害』っていうのは違うと思うんですよね。

年を重ねる側も、若い側も。相手の気持ちを寄り添う努力を。