話せるうちに、会えるうちに | 仙台の終活ガイドひろ(仮)が思うこと

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終活と出会い、終活の大切さを広めようと思ったことは、
終活と縁があったんだと思います。
そんな私が終活で良くも悪くも新しい発見をし、それらを記録に残していこうと思います。

先日、父の姉である伯母が、家族に送られて我が家に来てくれました。

父は複雑な気持ち。今の自分の姿を、伯母に見せたくなかったようです。

 

思うように身体が動かなくなった自分。

そんな姿を姉に見られたくない。

 

でも一方で、

「会いに来る」という伯母の気持ちを拒みたくもない。

そんな気持ちもあったようです。

いろいろ考えた末、伯母に来てもらうことになりました。

 

ところが後から聞くと、伯母のほうにも同じような葛藤があったそうです。

伯母も、本当は父に会うのが怖かった。

病気で弱ってしまった弟の姿を見たくなかったそうです。

 

それでも伯母が来ることを決めたのは、娘である私のいとこの言葉でした。

「会えるうちに、会っておいたほうがいい」

そう言われて、父に会いに来ることを決めたそうです。

 

父の気持ちも分かります。

伯母の気持ちも分かります。

そして、いとこの気持ちも分かります。

 

たぶん私も、いとこと同じことを言ったと思います。

高齢になればなるほど、「会える機会」は限られてきます。

 

お互いに顔を見て、お互いの言葉で話ができる。

そんな時間があるうちに、会っておいたほうがいい。

 

もちろん、

「会いたくない」「今の姿を見せたくない」

そんな気持ちを無視してまで会うことが、正解だとは思いません。

 

でも、「会いたくない」と「会わない」は、同じではないのかもしれません。

 

今回、父と伯母は会いました。

そして帰る前、伯母が父にこんな言葉を掛けてくれました。

 

 

「私はもう少し一人暮らしで頑張るよ。だから、お互いにもう少し頑張ろう」

「頑張れ」と一方的に励ます言葉ではありません。

「私も頑張るから、あなたも一緒に」

そんな言葉だったのだと思います。

 

妻や子どもから掛けられる言葉とも、また少し違う。

同じ時代を生きてきた姉弟だからこそ届く言葉があるのかもしれません。

 

伯母が帰ったあと、父が少しだけ前向きになったような気がしました。

会う前は、お互いに会うことをためらっていた二人。

それでも、今回は会って良かったのだと思います。

 

人と会うことで何かが劇的に変わるわけではありません。

身体が急に元気になるわけでもありません。

 

それでも、誰かの言葉が、もう少し頑張ってみようと思える力になることはある。

そして、その言葉は、会わなければ交わすことのできなかった言葉です。