国際結婚 こんなところまで来てしまった・・・

これは、私の過去の記録(日記)です。
このことに批判は一切受ける気がないので
その点ご了承の上、お読みください。
イギリス人の夫と国際結婚 
中東で海外生活中。
何故かいつも微妙に波乱万丈をしている
2児の母です。


テーマ:

いや〜、もうすぐ行くというのに。。

まだ宿も車も予約取ってなくて。。失笑

ここ数日は死に物狂いで

予約してましたよ。

 

いえね、

もう戦争ですよ。

ケチな私と

大盤振る舞いの夫・・・

 

夫はゴージャスなところばかりを

検索しては

「これいいね〜」と

いい・・・

全然真面目に探さない。。

 

一方、堅実な私は

一生懸命勝手に予算を決めて

探してる。。

 

前に探していたところの激安の場所は

夫が猛反対。。。

 

この宿・・・

綺麗だし、何も問題ないんだけど

夫本人は「その値段だったら絶対何かあるはず」

だと言ってきかない。。

 

そこに泊まった人たちも

「いい宿だった」とレビューを書いてるのにもかかわらず

値段が全てだと思ってる夫は

「いや!ここはダメだ。」と

意固地になって拒否。。

 

仕方ないので予算を大幅にアップして探してる。。

喧嘩しつつ

ようやくなんとかなりつつある。。。

 

これも全部義弟のせいだ。(←八つ当たり。笑)

あいつに会う必要がなかったら

スペインに行けてたのに。。。

 

義弟達に会うために予定変えて

フライトの乗り継ぎがうまくいかなくて

サルディーニャ島になったんだ。。

 

バルセロナで

サクラダファミリアを見たかったのに。。

 

くそお〜〜。

 

もちろん、サルディーニャもとっても綺麗。。

でも、良いところすぎて

どこに泊まるかで揉めて。。

 

お互いの目的が多すぎて。。

 

実は

サルディーニャ島の砂浜を見ていて

あることに私たちは気づいたのです。。

 

海岸の砂浜は

小さな石の集まりで・・

とってもカラフル(なこともある。。)

その石の色と感じが

宝石の母岩(宝石がくっついている石)になりやすいものと

そっくり。。。

カラフルなのは多分水晶の結晶が

削られたからなのかも。。

 

ナミビアの海岸に行った時に

同じような光景を見た。

母岩になる白いキラキラとした石があちこちに。。

そして、色のついた石もあちこち。。

粒の大きさは違えど

似てるような気がしたのだ。

 

ここから私たちは

もしかしたらと思い調べたら。。

やっぱりあった。

サルディーニャ島でも、

宝石が取れるらしい。。

だから、もしかしたらジェムハンティングも

やっちゃうかも。。。

 

まあ、こんなことばっかりやってるから

前に進まないんだけどもね・・汗

 

もともとイタリアでは

黄色いスミソナイトという石

が採れるので

いいのを見つけたら

買う予定だったが

どうも、サルディーニャ島では、

それ以上に何か取れるらしい。。

 

ちなみに、スミソナイトは

硬度が低い(4.5)ため

あまり指輪には向かないかな。。

まあ、デザインで

石が割れないように守ることはできるけど・・・。

 

私の意見だと

アクセサリー向き。。

 

でも、飴玉みたいで

かわいらしいけども。。。

 

いいのを見つけたら・・

これもブログで紹介しますね。。

 

で・・宿もだけど

今回は荷物も問題で。。。

 

何度もいうけれど

今回も激安ツアー。。。

一人6万円という

破格の値段で行くものだから

いろいろと規制がある。。

 

まずは何と言っても

荷物の制限。。

 

今回は一人10キロしか持っていけない。

まあ、夏だし?

洗濯機のあるところばかり行くから

洗濯すりゃ〜いい話なんだけども

女子の荷物1ヶ月分が

そんな重量制限に収まるはずもない。

 

それで悪戦苦闘中。。。

なおかつ、これ、全部手荷物なので

液体は現地で買わないといけない。

 

しかも・・・

機内用持ち込みカバンのサイズが

かなり厳しくチェックされるらしく

そのサイズのスーツケースを

ここバーレーンで探すのに悪戦苦闘中。

 

さらに、ハンドバックにも細かい規定があり

その形(サイズ)が

かなり特殊なために

これも、探せなくて悪戦苦闘中。。。

 

安いといろいろ大変なのね。。

 

ということで

未だに悪戦苦闘中ですので

このブログを最後に

私はフランスへ行く準備を

本格的にしたいと思ってます。

 

息子の部活の部分だけ

完結しておきたいと思いますので

今日はそのお話。

 

 

 

 

さて・・

試合も終わり

息子はさらに

練習を楽しみにするようになった。

 

そして、このころから

息子は無意識のうちに

日本に残る可能性を

私にはなし始める。

 

「ママ、日本に住むことはできるの?」と。。

 

その度にダディー大好きな妹は

「何言ってるの?

ダディーを置き去りにする気?」

と真剣に怒る。。。

 

その言葉に私は

「ダディーは置いてかないよ。

もし、日本に帰ってくるなら

ダディーも連れて帰るよ。」

というと娘は安心し

「ならいいけど。。」と

息子の話を続けさせる。。

 

この滞在で一つ欠けてたとしたら

夫の存在。。

 

このことが子供達に不安を与えたのは

事実のよう。。。

 

しかし、息子が

日本での学校生活や部活を楽しんでるのは

誰が見てもわかった。

 

「あんた達がここにいれば

もっと楽しいことがたくさんあるのにね。。

バレーだって、

本当に楽しめるレベルになれるのにね。。」

とばあちゃんの母はボロっという。。

 

確かに。。

部活も学校も。。

子供にとっての環境はここの方が断然いい。

そんなのわかってる。

 

バーレーンでは

この部分はトラブルばかり。

だから、子供にとって

いや、私にとって

この環境はものすごく理想的。

 

でも、夫は会社での今のポジションを

そう簡単には抜けれないだろう。

 

夫が勝手にやめれば

学校の運営にかなり影響が出る。

生徒に影響が出る。

そんな無責任なことを

できるような人じゃないし

私も望まない。。

 

辞めるにはあと2年は

いるのかもしれない。。

 

2年というと

ちょうど息子が今の学校を卒業する時期

 

この時期に息子は他の学校に移る。

そして、学費がものすごくなる。。

 

ここが辞めどきだ。

今の会社が子供達の学費を

一銭も保証しない契約なので

ここに長くはいられないのは事実。

(ここでは、子供の学費保証は結構普通の条件)

 

将来的に

三学期あるうちの一学期分の学費は

2人で70万円からスタートで

のちに

100万円ほどに膨れ上がる。。。

高校になると。。

あああ、見たくない金額。

 

一学期よ。一学期。。

 

しかも、大学じゃないんだから

ずーっとこの状態が続くわけで。。

 

とりあえず、

学費でこんなに

苦労して中東にいる必要はないと

私自身はもう、結論を出してるのだが・・

夫が・・そんなに簡単には踏み切れない。

 

まあ、そうよね。。

 

とりあえず。。

今年、

夫が会社にこの学費のこと交渉できなかったら

私は2年後には日本に帰る方がいいような気がする。

 

 

そう思って息子に

「あと、2年したら

もしかするとバーレーンを出るかもね。。

まだわからないけど。。」

と私がいうと

 

「じゃあ、日本に帰ってこれるのかな?」と

息子は大喜び。。。

 

まあ、嘘じゃないし。。

可能性がなくはない。。

まあ、出て行く先が

日本かどうかは

かなり疑問だけれども。。

確かこの前「カザフスタン」に行こうかとか

変なこと言ってたけどな。。。

(ロシアの下の方。。)

 

「なんでまた、そんなマイナーなところばかり。。

その前は南米のなんとかいう国だったよね?

もうちょっと、みんなに説明しやすい

メジャーな国にしてちょうだい。」

って私が夫に言ったら

 

「その方がブログも面白いでしょ?

未知の国にいて、また困ってるヒロ!みたいな・・」

と夫。

 

 

「あのさ。。。なんか勘違いしてるみたいなんだけど

私、ブログでウケ狙うために

生活するつもりないからね。💢」って

真剣に怒っておいたよ。爆

何考えてんだか。

 

私の中では2年後もし移動するなら

日本で決定なんだけどね。。

 

まあ、そんなことを思いつつ

息子と二人で

もしかしたら日本に帰れるかもしれない

勝手な期待で胸が膨らんでいた。

 

日本滞在中

春高バレーという大会があっていて

テレビで生中継されてたんだけども。。

それを見て

ハーフの選手が結構いて

すごく活躍してることに

驚いた。。

 

体格がいいから

パワーも違うしね。。

 

母と二人で

「Jも背が高くなるだろうからね。。

お父さんが大きいからね。(夫=193cm)

Jも大きくなるだろうから

今のまま続けられたて

日本にいたら

こういう舞台に立てる可能性はあるよね。。」

と二人でせんべいかじりながら

ぼやいていた。。

 

この頃からか。。

私の中の日本に帰りたい。

日本に残りたい願望が

強くなり始める。。

学校で何も不安がない。

それどころか

息子が楽しめるものを見つけて

もしかしたら・・

と思うと日本にいたいという欲が出る。。。

後にこれで夫と大げんかするのだけれども。。

(これは帰ってきてから書きます。。)

 

息子は毎日学校で何があったのか

バレーで何本サーブが入ったのか

レシーブできたのか

一生懸命話してる。。

 

日本語もよくできるようになりましたと

学校から連絡があったし

板書も感じがあるのにもかかわらず

きちんとノートに書けてる。。

 

だんだん息子の学校。部活での生活が慣れ始め

軌道に乗り始めた頃

私たちが帰る時期になった。

 

当初、父の様子次第では

帰りを伸ばすつもりだったのだが

父は子供達と一緒にいたせいか

毎日楽しそう。。

 

息子と娘を見て

「こいつらは、頭がいい!

将来賢くなるぞ!

この子は頭が良くなる!」

と大絶賛。。。

 

いやいや、それは家族の欲目だよ。

特に、じいちゃん目線だからね。

 

息子の話を聞いたり

娘の絵を見たり

一緒にご飯食べたり

そんな当たり前の生活が

楽しくて仕方がない様子。

 

今回、特別なことは何もしなかった。

しないように心がけた。

父にも子供達にも

普通の生活を送ってもらうのが

今回の目的。。

 

”一緒にいることが一番大切。”

このことに1番の趣を置いた。

 

だから、父はゆっくりと子供達と過ごせた。

 

記憶の方はまだ曖昧だけど

病状的には落ち着いていたので

帰らないというわけにもいかなかった。

 

特に、このころは夫がもう無理で。。

毎日泣き言を言う。。

・お前たちがいない家に帰るのが寂しい

・ご飯が味気ない

・家が広すぎる

・寂しい〜寂しいよ〜

・いつ帰ってくるんだ?

・もう、帰ってくるんだろ?

 

とまあ、こういう内容が

ほぼ毎日。。

かなりかわいそう。。

 

なので、予定どおりに帰りことになった。

 

そして、予定どおり帰ることを

先生とチームメイトに報告すると・・

息子のためにお別れパーティーを

開いてくれることに。。。

 

帰る数日前、「焼肉食べ放題」という店で

子供達が息子のために集まってくれた。

 

この焼肉食べ放題だけは

連れて行くのを忘れていた。。。

 

なので、初めて。。。

 

いろいろなものを

たくさん取り放題

しかも、自分でお肉を焼けるということで

息子、面白かったよう。。

 

友達とワイワイ言いながら

楽しんでいた。

 

子供達の席とは別に

私たち保護者の席は先生と相席。。

 

この席で私は質問ぜめにあう。。笑

・どうやって夫と知り合ったのか?

これは保護者から。。笑

 

やっぱり、外国人の夫とどこで知り合ったかは

きになる様子。。。

 

いや、私の場合、みんなと同じで

普通に職場なんですけどね。。

 

先生からの質問は

・今どこで何をってるのか?

から始まって・・

・昔は痩せてたのになんで今はそんなになったんだ?

という若干答えにくい質問もあった。。

 

いえ、弁解のしようもございません。。

私の体型管理不足です。失笑

 

先生に、夫の職業と

今、私は細々と

ジュエリーを作ってることを説明。

いろいろな国に宝石を取りに行った話をした。

 

先生は

「よくわからんけども、すごいな〜」と笑っていた。

 

そして話は息子の話に。。

 

先生はいきなり「2年後に帰ってくるんだろ?

帰ってこいよ?」と言い出す。。

どうも、息子は、あの話をみんなにしていたよう。。

 

2年したら帰ってくる。と。。。

 

おいおい、そんなこと言ってないよ。

帰ってくる可能性があるだけで・・

しかも日本は候補の中では

かなりランキング下なのに。。

まあ、私と息子の間では

ランキングトップだけどね。。。

 

私は先生たちに一応

今おかれてる状況を説明した。

そして、方向転換するなら2年後。

夫の会社次第だと伝えておいた。

 

そのことに先生は

「そうか。。

でも、2年後帰ってきて

バレー始めたら丁度いい時期だぞ。

体もある程度できてくるだろうから

今よりももっと色々できるぞ。

帰ってきたほうがいい!」

と言ってくれた。。

 

「Jは、真面目だね。

とても。

今みたいな気持ちのままいたら

きっとうまくなるよ。

みんな待ってる。だから帰ってこい。」

そう先生はうつむきながら言った。

 

そういわれると、

こっちまで涙が出そうになる。。。

息子を待っていてくれる人が日本にいる。

一緒にまたバレーをしてくれる仲間がいる。

そう思うと、帰りたい衝動にかられる。。

 

息子たちの席では

楽しそうにはしゃいでる。。

息子がここにいたい理由は

歴然としていた。

 

息子の居場所がある。

みんなが待ってる。

一緒にバレーをする仲間が

一緒に喜び合う仲間が

一緒に苦しむことができる仲間が

ここにいる。。

 

食べ放題が終わり

みんなが店の外に出た。。

そして、先生からプレゼントを渡される。。

みんなで撮った写真を額に入れてくれていた。

こういう細かいことは先生はしないので

きっと女性のコーチの人だろう。。

 

みんなと撮った写真。

先生もみんなも笑ってる。。

1番の宝物。。

息子は写真を見て大喜び。

 

先生は息子に

サヨナラとはいわず

「また帰ってこいよ。」

そう声をかけた。

 

息子は嬉しそうに

「はい。」と言っていた。

 

まだ日本に帰れるとは決まってないが

でも、そう思ってくれてることに

私も息子も素直に感謝した。。

 

この後、お別れ会はおひらきとなり

先生は帰って行った。

 

しかし・・

チームメイトは帰りたがらず。。。

店を出てからもずーっと

息子と戯れあう。。

本当に別れたくない様子。。。

 

最後は私を含む親に引き離される形で

みんな解散。。

 

最後まで手を振っていた。

誰一人息子が帰ってくることを

疑っておらず

「また2年後に帰ってこいよ!!」

そう、言いながら

別れを告げた。。

 

帰りの車の中で

「マミー、日本楽しいね。」

そう日本語で言った息子。。

 

いつか、息子の希望は叶うんだろうか。。

子供達は再会できるんだろうか。。

 

とにかく、日本に帰るときはいつも

バレー部には顔を出しに行かないといけないな。。

 

と思いながら家に着いた。。

 

これで、息子のバレーの部活体験は

終わったけど

息子の中に残ったのは

友情と

ほんの少しの上達

そして

たくさんのバレーへの情熱。。

 

先生に預けて

本当に良かった。。

 

そう思うと同時に

日本での滞在が良すぎたからなのか

バーレーンに帰ることへの

不安を募らせるのであります。。

 

この続きは

8月頃に・・

 

 

ではでは

みなさん。。。

フランスに行ってまいります。。

何事もないように

みんさん祈っていてくださいね。。

 

うううう。

 

 

行きたくないけどさようなら。。

(ドナドナな気分。。)

 

またあう日まで。。。

 

 

 

 

 

ジュエリー関係のお知らせ。。

 

ここで、一旦新作を作るのを

ストップします。

 

しかしながら、まだ結構な数の新作を

作る予定なのです。

 

中には、アレキサンドライト

レアストーンの大粒スフェーン

カラーチェンジガーネットなど

盛りだくさん。。。

 

8月頃にはお届けできる予定ですので

引き続き楽しみに待っていてくださいね!

 

また、注文、オーダーは私がいない間でもできます。

しかしながら発送が7月終わりになってしまいますので

そのことをご了承の上

ご購入いただきますようお願いいたします。

 

 

ではでは

 

ヒロ

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