初読みの作家さんだけど、山本周五郎賞の候補作になっていたので手に取ってみました。
幕末を舞台にした、よくある貧乏武家の人情話かなと思ったけど、それだけでもありませんでした。
本来は軍事政権である徳川幕府ですが、200余年の平和な日々の中で、本来は軍隊である旗本は官僚化せざるを得ず、余剰人員を抱えたその組織は極めて非効率にならざるを得ませんでした。
仕事にありつけない余剰人員は捨扶持を貰ってひながぶらぶらするしか仕方がない、この小説の主人公である茅野淳之介もそんな一人。貨幣経済の進展に伴い生活はますます困窮、そんな中で武士は食わねど高楊枝、飄々と日々を送っています。
そんな中、浦賀に黒船が現れ、その圧力に幕府は勅許を得ぬままに日米和親条約を締結して開国、それを推し進めた大老・井伊直弼はテロに倒れ、世情は混迷を極めます。
攘夷を叫ぶ浪士が暗躍し天誅と称したテロが横行、その取り締まりに手が回らぬ親友の同心に頼まれ、間者など危ない橋を渡る淳之介、何ともお人よしです。
時代は価値観の大転換期、歴史は大政奉還から江戸城の無血開城と進み、いつの間にやら取り締まる側からその立場が逆転してしまっ淳之介ら幕臣たち。といって不器用な彼らたち、武士という身分の在り方に疑問を感じながらも、恩義ある徳川幕府を裏切ることなどできず、時代にその身を殉じてしまうのでしょうか。
時代に翻弄されながらも、流されることなく淡々と生きる下級武士たちとそれを支える逞しい女性たち、なかなかの秀作でした。
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