「名探偵のいけにえ」(白井 智之)三通りの謎解きと一つの真実、トリッキーですごいミステリー | 「晴走雨読」 廣丸豪の読書日記

「晴走雨読」 廣丸豪の読書日記

廣丸豪(ひろまる・ごう)と言います。日々の読書生活や、気に入った本の感想などを気ままに綴ります。

名探偵のいけにえ

 

今年度の「本格ミステリ」1位、「このミス」「文春ミステリ」2位、「ミステリが読みたい!」4位、今年度随一の注目ミステリー作品と言って良いのだろう。

人面層だとか、結合人間だとか、私はどうもこの著者の作品のグロさが苦手で、最後まで読めないこともあるのだが、今回のものはそうでもなく、普通に読めた。

 

900人以上の犠牲者を出した、1978年の人民寺院事件をモチーフにした作品である。

中米のガイアナの山中にあるカルト宗教施設「人民教会」の集落に、調査団の一員として向かった助手の有森りり子が予定を過ぎても戻ってこないので、友人のルポライターの乃木とともに現地に飛んだ大塒崇(おおとや たかし)だが、集落につくやいきなり乃木は射殺され、りり子たち調査団とは合流できたものの、調査団のメンバーも次々と殺害されていく。

 

教祖のジム・ジョーデンの持つ権力は集落の中では絶対で、カルト信仰に支配された信者たちは、集落の中では病気も怪我も存在せず、治ってもいないものも「治った」と信じてしまっているという、特殊状況下で発生する連続殺人事件。

通常の謎解きでは教祖や信者たちを納得させることができず、軟禁状態が続く。

(以下、一部ネタバレあり)

 

 

 

信仰を否定するような謎解きではここから脱出することができないと察したりり子が、「これは殺人ではなく事故死」という妥協的な謎解きを披露し、ようやく解放にこぎつけた、と思ったのもつかの間、出発直前にそのりり子が殺害されてしまう。

 

残された大塒は、「信者たちが納得できるロジック」と「通常社会で通用するロジック」の犯人の違う二つの推理を展開、どちらを採択するかを教団側に選ばせることにより、無事脱出を果たすのだが、、、このあたりのロジックはかなり複雑で、私などはつい「もうどうでもいいや」と斜め読みしてしまった。

このまま終わってしまえば本格過ぎて普通の読者にはよく理解できないマニアックなミステリーで終わってしまうところ。だが、最後にもう一つ、私のようについていけなかった人でも、それなりに「これは面白い」と思える、大どんでん返しのトリックが仕掛けてあった。

 

終盤は伏線回収に次ぐ伏線回収。

プロローグは、教祖の命令でこの施設の住民が次々と集団自殺をする様が描かれている。ところがこれは教祖ジム・ジョーデンが意図したところではなかった。教祖は「あの男に嵌められたのだ」と述懐している。

大塒はなぜ、そして」どうやって教祖を嵌めたのか?その訳がようやく最後になって繋がってくる。

 

余談だが、最後に登場する少年Qが、浦野粂と名乗って大塒の事務所を引き継ぎ、日本で探偵をやることになる。ということはこの作品は一昨年の「探偵のはらわた」の前日譚、これはシリーズものってことになる。

 

かなりトリッキーな作品で、面白いかと言われると評価が分かれると思われまるが、色んな意味ですごい作品であることは間違いない。