「スタッフロール」(深緑野分) 映画の特殊技術に賭けたクリエイターたちの感動のお仕事小説 | 「晴走雨読」 廣丸豪の読書日記

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廣丸豪(ひろまる・ごう)と言います。日々の読書生活や、気に入った本の感想などを気ままに綴ります。

スタッフロール

 

前半の主人公は特殊造形師・マチルダ・セジウィック。戦後ハリウッドの映画界で名を残そうと奮闘し、”レジェンド・オブ・ストレンジャー”に登場する怪物”X”という傑作を残すが、コンピューターグラフィック(CG)の技術進化に造形技術の限界と敗北を予感し、映画界から姿を消してしまう。
 

後半の主人公は現代ロンドンのCGクリエイター・ヴィヴィアン・メリル。”レジェンド・オブ・ストレンジャー”のリメイク映画で、怪物”X”のアニメーションを担当することになりった彼女は、アニメーターとしての実力も評価も持ちながら、自身の才能を信じ切れず葛藤する。
 

造形とCG、相反する手法ながら、特殊効果の“魔法”によって、“夢”を生み出すことに人生を賭した2人の女性クリエイターの魂が、怪物”X”の縁で繋がり、時と場所を越えて共鳴する― みたいなお話でした。

 

深緑野分さんって、第二次世界大戦ネタが多い印象があったのですが、こういうのも書かれるんですね。

すごいと思ったのはこの取材力。多分ハリウッド映画が大好きな方なのでしょうが、昔の造形技術とか、最近のCG技術とか、本当にきめ細かく取材されているなと思いました。

 

マチルダとヴィヴィアン、造形とCGの対比もわかりやすく描かれてました。

私はアニメヲタ、怪獣ヲタで、日本でもCGが多用されるようになってその鮮明さに感動しました。

昔のゴジラとかウルトラマンとかも懐かしいけど、シン・ゴジラ、シン・ウルトラマンはかなり面白かったし、新世紀エヴァンゲリオンも、今旧世紀版の再放送やっているけど、劇場版と比べちゃうとやっぱり昔の作品という印象はぬぐえない。

 

日本のアニメは人物にはCGを使っていない。でも、メカや構造物、海の波や川面の波紋などの背景は、もうCGなしではありえない。

日本のアニメはセルルックCG、人物の動きや表情、細かい仕草等はCGに勝るセル画で作成、背景などのCG部分をセル画に見えるように陰影をつけている。上手いこと両方の長所を良いとこどりして作られているわけで、CG一辺倒のディズニー等米国のアニメーションに全然負けてない。むしろ世界を席巻している。

 

この小説でも、いろいろと葛藤はあったものの、アニマトロックスとCGは完全に対立しているわけではない。リスペクトすべきところはしている書きぶりになっていて、好ましいなと思いました。

 

スタッフロールとは、エンドロールで流れるスタッフの名前、よほどマニアックな方以外は誰も見ていないと思われるスタッフロールに名を連ねることにこだわるのは、クリエイターの方々のプライドの象徴なのでしょう。

私は、興味深いテーマのお仕事小説として、大変楽しく読ませていただきました。

 

本作は第167回直木賞の候補となったのですが、受賞はかないませんでした。選評を読ませていただきましたが、候補作の中では一番評価が低かった。

低評価の理由は、選考委員の某先生のこの選評に集約されているように思います。

「誰よりも作者自身がハリウッドに耽溺しているのが、いつもながら微笑ましいような、白けるような、だった。マニアックもここまで来ると脱帽だが、興味のない世界に共感するのはやはり難しい。」

 

医療ミステリーなんかで超マニアックなものは多々ありますし、この作品も「マニアックもここまで来ると」「白ける」と言われるほどでもない、単に選者の趣味・好みの問題と思います。

でも、確かに読者を選ぶ作品なのでしょう。直木賞の選考委員の方々はそうじゃない方々だったようで。

でもいいじゃないですか、大御所受けしなくたって。この作品を受賞作より面白いと思う読者は、私を含め少なからず存在するはずですから。