主人公は大江匡(ただす)という初老の小説家。昭和12年、荷風58歳の作なので、大江は著者の永井荷風がそのままモデルなのでしょう。
取材のために訪れた向島・玉の井の私娼窟で彼ははお雪という女に出会い、やがて足繁く通うようになります。物語は陋巷を舞台に、つゆ明けから秋の彼岸までの季節の移り変りとともに流れていきます。
仕事で鐘ヶ淵駅で降りた時、この辺りってなんもないけど独特の雰囲気があるよなーと、何やら感じるものがありました。そういえば永井荷風の代表作に「墨東奇譚」ってのがあったよな。墨東ってこのあたりのことだよなと思ったのが、この本を手に取ったきっかけでした。
友人にに永井荷風押しがいて、私はその彼と何となく気が合わないので、食わず嫌いでいましたが、思いのほか文章がきれいで読みやすかった。
小説も、夏目漱石あたりから、朗読するよりも目で読むための文章になってきたということでしょう。
物語の舞台設定は、玉の井の私娼窟でした。往年の日活ロマンポルノで「赤線・玉の井、抜けられます」って映画があって(見ていないけど)、名前聞いたことはあったけど、鐘ヶ淵の隣駅の東向島が昔は玉の井駅と呼ばれていたことを知りました。
やはり、この辺りだったんですね。
昔の小説ってリアルな古地図です。単にそこに何があったかだけではない、情景とか、風俗とか、その地の記憶をそのままに伝え、読む人の想像を掻き立ててくれます。
ストーリーよりも小説全体の雰囲気を味わって読みました。昭和初期とはいえ、当時でもかなりな場末だったのでしょう。匂ってくるような溝とか、飛び回る蚊とかの描写がなんとも、、、淫靡で静謐な抒情小説でした。