「兎の眼」(灰谷健次郎) 貧困と差別に立ち向かう真の教育を問う問題作 | 「晴走雨読」 廣丸豪の読書日記

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廣丸豪(ひろまる・ごう)と言います。日々の読書生活や、気に入った本の感想などを気ままに綴ります。

兎の眼

 

半世紀ほど前の作品になります。時代背景はおそらく高度成長期の昭和40年代、舞台は阪神工業地帯の尼崎市か西宮市の海寄りの埋立地と想像します。

大学を出たばかり、そして結婚したばかりの新任教師・小谷芙美先生が受け持った1年生のクラスには、一言も口をきこうとしせず、ハエが大好きで暴力的な問題視・鉄三がいた。なかなか心を開かない鉄三に悩む小谷先生、しかし鉄三の祖父・バクじいさんや同僚の「教員ヤクザ」足立先生、そして哲三と同じ処理場に住む子どもたちを通じ、向き合い、苦しみ、涙を流しながら、教師として成長していきます。

 

文庫本の小宮山量兵という方の解説には、第二次世界大戦のトラウマとかプロレタリアート文学とか、なにやら本書とはあまり関係のない鬱陶しいことが書いてありましたが、私はシンプルに小谷先生の教師としての成長物語として読めばいいのではないかと思います。

何も貧困や差別といった社会問題は戦後だけのものではない。日本は戦後の復興から高度成長を遂げ、ジャパン・アズ・NO.1といわれた黄金期を経験しました。しかしながら、その後のバブル崩壊から長期の低迷に陥り、今また貧困が現実のものとなりつつあります。

荒廃した学校や家庭の中で貧困や差別に苦しみ、やがては社会から落ちこぼれていくであろう生徒を教師は救い上げられるか。真の教育とは何か。これは古くて新しい問題なのだと思います。

 

角川文庫の夏フェアに度々ラインナップされることがこの本を手に取ったきっかけでした。

このような良書を刊行し続け、かつ今年も「カドブン2022」に選本してくれた出版社の方に感謝です!