「臨床の砦」(夏川 草介)コロナ第三波と最前線で戦う医師たちを描くドキュメント小説 | 「晴走雨読」 廣丸豪の読書日記

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廣丸豪(ひろまる・ごう)と言います。日々の読書生活や、気に入った本の感想などを気ままに綴ります。

臨床の砦

あの「神様のカルテ」の著者で、現役の内科医でもある夏川草介さんが、自らの経験をもとにしてコロナとの戦い綴ったドキュメント小説。

 

舞台は長野県内の感染症指定医療機関となっている筑紫野医療センターという架空の病院、主人公は18年目の消化器内科医・敷島。彼とその同僚の医師や看護師たちがCOVID-19と奮闘する、その最前線の現場を克明に描いている。

時期は21年の1月3日から2月1日、武漢で発生した謎のウィルスが観光客やクルーズ船の乗客によって日本に持ち込まれてから約1年後、その第三波が襲来し、年明け早々にパンデミックの様相をみせた時期である。

次々と患者が運ばれ、病院内では電話やナースコールが鳴り響く。防護服姿の看護師が飛び回る。高齢者は、自覚症状がないまま、急激に酸素濃度が下がり、ほどなく重症化し、死に至る。治る見込みの低い者をあえて重症用の病棟に運ばない、事実上の命の選択が行われる、、、

 

当時の感染者数は全国で5000人程度、オミ株による第六波の1/10以下でしかない。しかしながら死亡率、重症化率は今よりはるかに高く、まだこの病気に対し偏見や差別が蔓延していた。本格的なワクチン接種もまだ始まっていない。感染=隔離、入院かホテル療養が必要不可欠とされていた時期だが、医療体制はパンデミックの現実に追い付かない。

この小説でも、何とかやりくりして病床を増やしたところですぐ埋まってしまう。さらには高齢者施設のクラスターや院内感染も発生し、主人公たちの現場が圧迫される様が描かれている。未曾有の事態に行政は司令塔としての機能を発揮できず、医療関係者の足並みも揃わない。

そんな中で、関係者たちの健診的な努力、志と矜持が、かろうじて現場を支え、第三波を乗り切っていく、感動のお仕事小説となっている。

 

この時から1年、情勢は大きく変わっている。第五波、第六波では陽性者は桁違いに増加したが、ワクチンがある程度いきわたり、重症化比率は下がった。現在は蔓延防止等措置も解除され、街には賑わいが戻りつつあるが、一方で陽性者数は反転上昇の気配で、第七波の懸念が拭い去れない。

身の回りでも感染者が次々と出る状況に、差別、偏見といった意識は薄まり、感染者が感染をひた隠しに隠すような状況はなくなっている。だが、それはわれわれが日常に慣れてしまっただけで、コロナとの戦いはまだ全く終わりが見えていない。

 

最前線では、当時とはまた違った局面でのドラマが展開されているはずだ。

今も長期戦を戦い続けているであろう医療現場の方たちに、心から感謝をしたい。