昨年度の「山田風太郎賞」受賞作、今まで読んだ月村さんの本の中で一番面白いと思いました。
「豊田商事」事件、金地金詐欺でお年寄りを中心に被害者数三万人、被害総額二千億円、最後は永野会長がマスコミの面前で右翼に刺殺されるという、なんともセンセーショナルな事件でした。その豊田商事を思わせる横田商事の末端の営業マンであり、会長刺殺現場の目撃者となった隠岐が本小説の主人公です。
事件後、隠岐は横田商事の社員という過去と決別し、文房具のセールスマンとして貧しいながらも堅実に家族を養っていましたが、ひょんなことからかつての同僚の因幡と再開、詐欺まがいの会社の再興に巻き込まれてしまいます。新会社の「原野商法」が軌道に乗り、味を占めた因幡は次々と横田商事の残党を会社に呼び集めます。悪党どもの中で最低限の倫理観を持ち続けようとする隠岐ですが、一方で人を欺す歓びを感じずにはいられない。それでも何とか足を洗おうとしていた矢先に、隠れ蓑に経営していた投資顧問会社で腹心の部下であった小路に金を持ち逃げされ、その穴埋めに因幡に高利の借金をするはめになり、足抜けどころではなくなってしまいます。
この件で喰らいついてきたヤクザの蒲生におびえながらも、逃れられないとみるや盟友となり、ますます裏稼業にはまっていく隠岐。
「和牛」「水源(原野商法の発展形)」「マネーロンダリング」「上場会社への幽霊会社売りつけ」、新しい詐欺ビジネスを次々と打ち出す一方で、裏切り者の小路やクーデターを起こそうとした横田商事の残党の社員をヤクザの蒲生らの力を借りて始末し、さらに蒲生を裏切った社長の因幡を自らの手で葬ると、今度は組織内の権力闘争に敗れた蒲生を見捨てる、正に修羅の道一直線。
詐欺ビジネスはソマリア大使館員を巻き込んだODA、そして東芝と思しき企業の原子力事業がらみとエスカレートしていく。一方で放置していたために完全に冷え切っていた妻と二人の娘との関係ですが、稀代の結婚詐欺師に騙されかけた妻と長女を、大物政治家の力を借りた謀略で窮地から救い、壊れかけた家庭も掌中に取り戻すことに成功。
もはや敵なし、人の死もなんとも思わない人でなしになり果てた隠岐、欺す者と欺される者、謀略の坩堝は果てるところを知らない。
「衆生」とは生きとし生けるもの、仏教用語ですね。業と欲に取りつかれ、裏切りや悪意は果てるところを知らない、人ってそういう存在?
決して良い最期を迎えそうにない隠岐のこれからを想像しながら本を閉じました。