「雪の階」(奥泉 光) 二・二六事件の裏で蠢くオカルトっぽい陰謀、スケールのでかいミステリー | 「晴走雨読」 廣丸豪の読書日記

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廣丸豪(ひろまる・ごう)と言います。日々の読書生活や、気に入った本の感想などを気ままに綴ります。

雪の階

 

昭和十年、春。数えで二十歳、女子学習院に通う笹宮惟佐子は、遺体で見つかった親友・寿子の死の真相を追い始める。調査を頼まれた新米カメラマンの牧村千代子は、寿子の足取りを辿り、東北本線に乗り込んだ―。

二人のヒロインの前に現れる、謎のドイツ人ピアニスト、革命を語る陸軍士官、裏世界の密偵。そして、疑惑に迫るたびに重なっていく不審な死。陰謀の中心はどこに?誰が寿子を殺めたのか?昭和十一年二月二十六日、銀世界の朝。惟佐子と千代子が目にした風景とは―。

戦前昭和を舞台に描くミステリーロマン。(「BOOK」データベースより)

 

二・二六事件を題材にしているということで、壮大な歴史ロマンを期待したが、読んでみたら普通にミステリーだった。しかし読み進むにつれ、実によくできた、しかも奇想天外でスケールのでかいミステリーだということが分かってきた。

 

この小説のヒロインである笹宮惟佐子は女子学習院に通う深窓の令嬢。父は血筋だけが取りえの凡庸な貴族院議員で、惟佐子の継母にあたる再婚相手の実家の資金援助でフィクサーを気取り政治活動に執心しているが、小物感は否めない。一方で惟佐子の亡くなった母親、白雉家のを引く実の兄・惟秀(これひで)は陸軍将校であり、ドイツ在住の伯父もなにやらあちらでは有名人らしい。

 

親友・寿子と革命を語る朴念仁の青年士官が樹海で心中、しかも寿子は妊娠していた。このスキャンダラスな情死事件に不審を持った惟佐子は独自に調査を開始するが、やがてその先々で関係者が不審死を遂げる。

一方で、なぜか惟佐子にご執心のドイツ人ピアニストの来日とその客死、やがてドイツのスパイだの、いやソ連の逆スパイだの、こちらの方もどんどん話が拡散していく。

 

探偵役を務める笹宮惟佐子の相棒は、幼馴染というか、幼少期に「お相手さん」として惟佐子の友人となった女性カメラマンの牧村千代子、そしてその元同僚の蔵原。といって、惟佐子のアームチェア・ディテクティブ、実働が千代子・蔵原コンビというわけでもない。惟佐子は自由奔放、意外な行動力に貴種ゆえの男をたぶらかす淫蕩さも持ち合わせ、常軌を逸しているというか、善悪を超越しているというか、何とも推し量れない。相棒の千代子と蔵原が常識的で、健康的で、中々に進まない二人の恋愛模様にもほっとさせられる。

 

惟佐子の兄には、双子を忌む貴族の古いしきたりにより人知れず尼僧にされた姉がいた。栃木・鹿沼で千里眼、予知能力で有名な僧・清漣尼となっていた姉と再会を果たした惟佐子だが、ここから話は「白雉家はアメノミナカヌシ(天之御中主命、古事記の一番最初に出てくる神の名)の血を受け継いでいる」だの、「私たちこそが現在の天皇家に代わって純粋日本人の血を受け継ぐ本物の天皇となるべきである」だのと、話はさらにナチスのアーリア人至上主義、ユダヤ人弾圧にもつながるような奇想天外な発展を見せる。

不思議なことに惟佐子には、このたぐいまれな血族の子孫であることを肯定するような、予知能力とでもいうべき幼い頃のおぼろげな記憶が存在したのだが、やがてその謎を解いた彼女は、なんとも大胆な方法で二・二六事件のウラで進行していた計画を阻止する、、、

 

600頁近い大書で、情死事件が発覚するまでの序盤がやや冗長な感はあったが、スケールのでかい歴史ミステリーに入り込んでからは長さを感じず、最後までハラハラ、ドキドキで読めた。佳作!