稀代の好色資産家、「紀州のドン・ファン」こと野崎幸助さんが、55歳年下の妻と結婚後わずか3か月で不審死を遂げた。
一時はかなりワイドショーを賑やかしたこの事件も、捜査が暗礁に乗り上げているのか、最近はとんと話題に上らなくなった。
「紀州のドン・ファン 美女4000人に30億円貢いだ男」「紀州のドン・ファン野望篇 私が生涯現役でいられる訳」のゴーストライターがカミングアウト、事件後も被疑者とされた新妻と家政婦と一つ屋根の下で暮らしたライター氏が、「これは自殺でも事故死でもなく、殺人である」と断言、これまで封印していた取材記録を公開したのが本書である。
自称「紀州のドン・ファン」氏の遺体が、新妻により自宅の2階で発見されたのが午後10時。死因は覚せい剤による急性中毒死。誰かと争った形跡はなし。ちなみにドン・ファン氏が覚せい剤を常用していた形跡もない。
死亡推定時刻は午後9時。ただし妻の証言によれば死後硬直が始まっていたという事なので、妻が嘘をついているのでなければ死亡時刻はもう少し早かったのかもしれない。
ドン・ファン氏は夕方4時ごろに自宅2階の寝室に上がり、その後も妻と家政婦は1階のリビングでTVを見ていた。妻か家政婦が犯人であるか、または共犯者で嘘をついているのでなければ、密室殺人のように思える。でも、2階に上がる階段は、リビングからは死角になっており、家の構造を良く知る者であれば、二人に知られずに2階に出入りすることも不可能ではなかったようだ。
当然警察が真っ先に疑うのは階下にいた新妻と家政婦。
妻は総額30億円と言われる遺産の相続人なので、殺人の動機は十分にある。しかし、ドン・ファン氏は77歳と高齢、いずれは手に入る遺産なのに、いくら金目当ての結婚とはいえ、わずか3か月で、疑われること間違いなしのこの状況で犯行に及ぶだろうか。
一方、家政婦には、遺産が入るわけではないので動機がないように思える。あるとすれば怨恨?でも、こちらも疑われること間違いなしの状況で犯行に及ぶほどの怨恨があったとは思い難い。
ドン・ファン氏は約2億円の隠し金をトランクに入れて、常時色々な隠し場所に移動させていたらしいが、この金は発見されていない。30億円の遺産とは比べるべくもないが、十分殺人の動機となりうる金額である。この隠し金の存在を知っていた人全員に動機があるということになる。
ドン・ファン氏には子供はいないが、兄弟が6人もいるそうだ。兄弟とは疎遠だったそうだが、法定相続人足り得る兄弟たちにも殺人の動機があることになる。
死の当日の夕刻、ドン・ファン氏は著者に「いますぐ和歌山に来てほしい。話したいことがある」と電話をかけていた。もしかして、ドン・ファン氏は自分が殺される危険を感じていた?
この本の著者は、確信はないまでも、直感的に新妻は犯人ではないだろうと述べている。一方でもう一人の重要参考人の家政婦の犯人の可能性については、何も言及していない。
不謹慎ながら、ミステリーファンの私は、真相究明に興味津々である。金田一京助でも、掟上今日子でも、コナン君でも構わない。名探偵が颯爽とこの謎を解いてくれないものだろうか。
「紀州のドン・ファン」「紀州のドン・ファン野望篇」を読んで、天然で牧歌的と思えるほどまでに自らの欲望に素直だった野崎幸助という男に大いに興味を持ったのだが、前2作にはかなり創作の部分もあったようだ。
カミングアウトしたゴーストライターによる本人像は気まぐれで嘘つきで自己顕示欲も強い性格で、これではあまり人には好かれないだろう。事実、友人と呼べる人はほとんどいなかったようだ。
愛人に6000万円相当の金品を持ち逃げされ、ワイドショーで一躍有名人になってからは、不信な訪問者に家を下見された後、強盗がドアをぶち破って入ってきたりしていた。金の力で分不相応な女と次々と関係を持っていることを公言することで、金目当ての、犯罪も辞さない人間を自分の周囲に集め、あげくは殺されてしまった。
55歳年下の妻が完全に金目当て、愛ないの結婚であったことも、週刊誌やワイドショーで白日の下にさらされた。
真相は未だ藪の中だが、いずれにしても、金持好色一代男の何とも哀れな最期ではある。