「あのひとは蜘蛛を潰せない」(綾瀬 まる) 呪縛から一歩踏み出す勇気の大切さ | 「晴走雨読」 廣丸豪の読書日記

「晴走雨読」 廣丸豪の読書日記

廣丸豪(ひろまる・ごう)と言います。日々の読書生活や、気に入った本の感想などを気ままに綴ります。

綾瀬まる

 

ドラッグストア店長の梨枝は、28歳になる今も実家暮し。ある日、バイトの大学生と恋に落ち、ついに家を出た。が、母の「みっともない女になるな」という“正しさ”が呪縛のように付き纏う。突然消えたパート男性、鎮痛剤依存の女性客、ネットに縋る義姉、そして梨枝もまた、かわいそうな自分を抱え、それでも日々を生きていく。

ひとの弱さもずるさも優しさも、余さず掬う長編小説。(「BOOK」データベースより)

 

ヒロインの梨枝は、母にどっぷり依存したまま大学を卒業、就職して28歳になる今も処女で実家暮し、食事などの家事も母任せ。でも、母が婿養子になることを条件にお見合い相手を探していたことを知り、さすがに愕然とする。
そんな彼女が、店長を務めるドラッグストアのバイトの大学生・三葉陽平と恋に落ちるという、母に知られれば間違いなく「みっともない」と言われる事態に。早くに幼馴染と結婚し家を出た兄が子供ができたことを機に家に帰ってくることを言い訳に、梨枝は、母に家を出ることを告げる。もちろん母は彼女の言うことなど聞く耳を持たない。「いつかわかるわ。お母さん以上にあなたのことを考えている人なんていないんだから!」捨て台詞を吐く母を振り切り引越しをした梨枝は、8歳年下の恋人・三葉に身をゆだねる。
その三葉もまた、梨枝以上に、肉親に対し複雑な感情を呪縛として抱えていた。お互いの呪縛に戸惑いを感じながら、梨枝は三葉にのめりこみ、三葉はそれを負担に感じはじめる。
呪縛を抱えているのは梨枝や三葉だけではない。突然仕事に来なくなった蜘蛛を潰せない中年社員、ネットに依存する味音痴の義理姉、バッファリン依存の店の女性客、梨枝にはあれほど厳しい母も義理姉には嫁姑関係の悪化を恐れて文句を口にしない。人はそれぞれに秘密を持ち、それを振り払うために相手の中に「かわいそう」と思える部分を探し、安心する。
やがて梨枝は、自分が傷つくことを覚悟し、人との関係を改善すべく一歩踏み出す。バッファリン女、母と義理姉、そして恋人。勇気を持って行動すれば、良い方に転がり始めることもある。
平凡と言えば平凡な、どこにでもありそうな話しながら、人間関係につき色々と考えさせられた一作。