「北条家の旧領関東二百四十万石を差し上げよう」、天正十八年、落ちゆく小田原城を眺めながら、関白・豊臣秀吉は徳川家康に囁いた。
その真意は、水びたしの低湿地ばかりが広がる土地と、豊饒な現在の所領、駿河、遠江、三河、甲斐、信濃との交換であった。愚弄するかのような要求に家臣団が激怒する中、なぜか家康はその国替え要求を受け入れた。
ピンチをチャンスに変えた究極の天下人の、面目躍如の挑戦を描く快作誕生。
(「BOOK」データベースより)
ジョギングが趣味で、今までに東京のいろんなところを走ったが、おかげで東京の地形がかなり特徴的なことに気づかされた。
山の手と呼ばれる地域を南北に走ると、実に坂が多い。多摩川と荒川によって作られた大規模な河岸段丘に挟まれた台地に、流れる中小の河川、それによって削られた丘と谷。
江戸城の最初の主、太田道灌の山吹の郷伝説の地は新宿区あたりで今や都会のど真ん中、耕作には適さない凹凸の多い土地を田舎武士たちが馬で疾駆していた風景が頭に浮かぶ。
反面東半分は海抜0メートルの地域が広がっている。人が住めない遠浅の干潟を大規模干拓し、人工的に作られた土地、家康が目をつけるまで寒村だったのも無理はない、彼の先見の明と大規模土木事業の才に脱帽である。
題名からして家康が主人公と思いきやさにあらず、利根川の東遷、神田上水、小判鋳造、江戸城造成、江戸の町づくりに奔走した代官たちの物語。
千住といえば、墨田川の河口から10km以上も上流、家康入府の頃はここが利根川の河口だったというのにはびっくり。明治以降の埋め立てなんて目じゃない、大規模な陸地が江戸時代初期に作り出されていた。
私の実家は文京区水道橋、神田上水の「大洗の関」も発掘された水路も実物を見たが、江戸時代の都市計画テクノクラートの発想力、技術力に脱帽。
本作品は、第155回直木賞の候補作。歴史好きの自分にとっては、受賞作の「海の見える理髪店」より、こっちの方が断然面白い。
門井慶喜さんは初読みの作家さん、他の作品も読んでみたい。