(内容)
娘の嫁ぎ先を攻め滅ぼすことも厭わず、下克上で成り上がる戦国大名・宇喜多直家。その真実の姿とは一体…。ピカレスク歴史小説の新旗手ここに誕生!!
(感想)
いやいや、これはすさまじかった。
戦国の梟雄、宇喜多直家にまつわる短編連作。天下布武とかそういう大義名分はなにもない、昨日の敵は味方であり明日の敵、親兄弟でさえ信じられない、いやミスならぬいや歴と言ったらよいのか。
碁に捨て石、将棋にも捨て駒という戦法がある。石、駒を敵に与えることで展開を有利にしそれ以上の利を得る。娘を嫁がせ、油断させて始末する宇喜多直家の娘は捨て石ならぬ捨て嫁、長女、次女、三女に続き、四女於葉にも悲劇が襲う、なんともすさまじい表題作。
表題作に心を痛める間もなく、2作目は愚鈍な父のせいで少年時代の直家母子が味わう苦難、そして母殺しの真実を描く「無想の抜刀術」。
「貝あわせ」は妻を迎え子宝にも恵まれひと時の幸せを享受する直家に、主である浦上宗景が下す冷酷な義父殺しの命令、そしてその陰でうごめくおぞましい陰謀、ここから直家の人生は暗転する。
やがて浦上宗景に対抗する力をつけた直家、宗景との権謀を駆使した対決の行方を描いた「ぐひんの鼻」。
直家の三女小梅との婚姻が決まった浦上宋景の長男、浦上松之丞。力関係が逆転した直家に捨て身の一撃を加えようとする「松之丞の一太刀」。
そして最後に、芸の道に没頭するために主君を裏切り母親を見捨てて直家の家臣となっ江見河原が見た直家とその母の真実を描いた「五逆の鼓」。母に斬られた傷口から悪臭を放つ血膿を流す奇病に冒された直家、奇病は彼が背負ってしまった業のその結末は。
とにかく救いのない、油断をすれば寝首をかかれる下剋上、まさに弱肉強食、裏切りのレクイエム、でも最後の「五逆の鼓」で垣間見えるものは、残酷な結末の中のかすかな救い、非業のカタルシス。
本作は152回直木賞候補作になったが残念ながら受賞はならず、なぜこれが受賞できなかったのか選評を読んでみた。選考委員の中では東野圭吾さん、北村薫さん、桐野夏生さんが押していたが、他の先生方が反対した。その東野さんの選評が面白い。
「この掘り出し物に、一体どのようなケチがつけられるのだろうと思い選考会に臨んだが、致命的な欠陥を指摘する声はなかった。ただ、デビュー作だという点を心配する声が多かった。私は仮に一発屋で終わったっていいじゃないかと思うのだが、やはりそれではまずいようだ。」
なるほど、直木賞というのは、対象になった作品だけではなく、作者の実績も加味して決められるものなのか。確かに、2作目の「人魚ノ血」を先に読んだのだが、坂本龍馬や新選組の面々が人魚の血を飲んで妖になったり無間地獄に堕ちたりするトンデモ本だった。
著者が一発屋かどうか、3作目の「天下一の軽口男」で確認してみたい。