(あらすじ)
黒船来航から12年、江戸亀戸村で三代豊国の法要が営まれる。広重、国芳と並んで「歌川の三羽烏」と呼ばれた大看板が亡くなったいま、歌川を誰が率いるのか。娘婿ながら慎重派の清太郎と、粗野だが才能あふれる八十八。ひと回り歳が違う兄弟弟子の二人は、尊王攘夷の波が押し寄せる不穏な江戸で、一門を、浮世絵を守り抜こうとする。
(感想)
三代豊国の七七日法要の場面からこの小説は始まる。広重、国芳に続き豊国までもが亡くなったいま、誰が歌川を率いるのか。版元や絵師、公演者たちなど弔問客の関心はそのことに集中した。
この小説の主人公、清太郎は三代豊国の弟子で婿養子、そして八十八は清太郎より歳が一回り下の弟弟子。生真面目な清太郎と粗野で童のような男だが才能にあふれた八十八、どちらが歌川を率いる名跡を継ぐべきなのか。
でも、そんなことはお構いなしに時代は流れていく。黒船、尊王攘夷、そして大政奉還、徳川の世は終わり、江戸は東京となる。
辻斬りに「他はどこを斬っても、右手だけは斬らないでくれ」と啖呵を切り、八十八の才能に嫉妬を覚えながらも歌川のために彼に豊国を継がせようと考え、明治の世になってから浮世絵を残すために豊国を継ぎ、病に倒れ右手が不自由になってヨイ豊と呼ばれながらも必死に左手を動かす清太郎。彼がそうまでして残したかったものは何なのか。
御一新という 価値観の大転換期は、意地も矜持も心意気も、画工たちのすべてを問答無用で押し流していく。文明開化の世で、印刷と西洋画に、そして時代に殉じるしかすべはなかった画工たちを、シンプルに、ケレンなく描いた作品である。
モネも浮世絵の収集家だったそうだ。日本で全く顧みられなくなった浮世絵も、西洋にわたり印象派の巨匠たちに少なからぬ影響を与えた、その事実に少しだけ留飲を下げることができた。
ところで、これで直木賞を受賞した「つまをめとらば」と、選に漏れた「孤狼の血」「戦場のコックたち」「羊と鋼の森」そして本作、第154回直木賞の候補になった5作品をすべて読んだことになる。
受賞作と本作はともに江戸時代の時代小説、それも下級武士と浮世絵師という、没落していく存在を主人公にした作品。滅びゆくものの悲哀を直球ど真ん中に描いた本作品と、時代に殉じる美学、悲哀と少しばかりの滑稽さ、女達や町人の逞しさ、いろんなエッセンスを加えたくせ球の受賞作。
さて自分が選考委員だったらどれを直木賞に押すか、そんなことを考えながら読書をするのも楽しい。