(内容)
性奴隷か売春婦か、強制連行か自発的か、異なるイメージで真っ向から対立する慰安婦問題。 大日本帝国植民地の女性として帝国軍人を慰安し続けた高齢の元朝鮮人慰安婦たちの証言や当時の文献を丹念に拾い、慰安婦問題で対立する両者の主張の矛盾を突くとともに、「帝国」下の女性という普遍的な論点を指摘する。
2013年夏に出版された韓国版はメディアや関連団体への厳しい提言が話題になった。本書は著者(『和解のために』で大佛次郎論壇賞受賞)が日本語で書き下ろした渾身の日本版。
(感想)
2005年に102歳で亡くなった私の祖父は、日中戦争に応召されて北京に駐屯していました。学生時代、お酒を酌み交わしながら、随分と戦争の話を聞かされたものです。ことさらに悲惨さを吹聴するのではなく、むしろ淡々と体験談を話す祖父、そんな彼から、たった一度だけ慰安所の話を聞いたことがありました。
祖父は、その場所を「ピー屋」と呼んでいました。当時の売春宿の俗語のようです。「日本人と朝鮮人がいて、日本人のほうが高かった」「国内相場より高かった」そんな話でした。
日本や韓国の支援団体の「軍隊に強制連行された性奴隷」という慰安婦の定義がどうもしっくり来なかったのですが、この本に書かれていることが、祖父の言葉とも符合する真実なのだと確信しました。
中国をはじめアジアに軍隊を広く展開した兵士を慰撫するために、軍隊が慰安婦を必要とした。敵国で現地の女性を略奪するのではなく、着物を着て日本語を話す、日本人女性が望ましい。そこに、日本人のみならず朝鮮の女性もいた理由、それは、朝鮮人も当時は日本人だったから。
軍が業者に戦地に娼館を誘致することを要求し、業者はそれに応えた。国内の娼婦だけでは追いつかず、業者は貧困家庭から甘言を持って女性を集めた。当時、日本も、朝鮮も、貧しかった。親に売られた娘もいたでしょうし、ご飯が食べられると言われて、内容も聞かずに応じてしまった人もいたでしょう。
おそらくはピー屋に通っていた祖父を悪く思う気持ちにはなれません。召集令状1通で家族や日常から切り離され、理不尽にも明日の命をも知れない苛酷な環境に置かれていたわけで、そこに故国の女性が奉仕してくれる施設があれば、行ったからって責められないでしょう。
だからって、日本軍や日本の帝国主義が悪くないとは思わない。悪いものは悪い。これは相当に悪い。
でも、慰安婦の人たちが、半強制的に召集され、劣悪な環境で苛烈な労働を強いられ、ろくにお金ももらえず、敗戦時には生命を落とした人もいたとすれば、その一次的な責任、法的な賠償責任は、騙して人を集め、労働環境も省みず、体を張って稼いだ金をピンはねし、敗戦時には真っ先に逃げた日本人や韓国人の経営者にあります。日本や韓国の支援団体の主張には、この業者の存在が意図的に回避され、すべて日本軍がやったという構図になっています。
でも、銃前でも銃後でも、人権を一切無視した苛烈な状況を作り出した根本的な原因は、日本の帝国主義にあります。欧米の帝国主義諸国も同じようなことをやっていたというのは、言い訳になりません。さらに悪いのは、日本の場合、家父長制的な女性蔑視感があり、女性をモノ扱いする風潮があったこと、そして二等国民としての朝鮮人蔑視があったことです。
この醜業についた朝鮮人女性が多かったのは、日本以上に貧しかったこと、朝鮮人業者が少なからずいたことに加えてこの差別意識があり、日本人と比較しても、朝鮮人女性は更に過酷な環境にあったことが想像されます。
被害者に対し加害者がしなければならないことは、心からの謝罪と賠償です。
ところが、この慰安婦問題は、戦争から50年近くが経過し、業者の責任を追及しようがない状況になった1990年ころに発生したもので、65年の日韓協定締結の時には全く話題にもならなかった。国家としての賠償は、この協定で終了してしまっている。個人への賠償を含め日本政府は韓国政府に賠償を実施、韓国政府はそれを全部経済復興に使ってしまったということのようです。
そこでとられた手段が「河野談話」「村山談話」であり、「アジア女性基金」です。時の首相が公式の談話で謝罪を述べ、民間基金をの形をとりながらも大半は政府からの拠出で賠償のための基金を作った。特に社会党の村山首相については、私自身、そこまでやる必要があるのかと思うほどに心から謝罪していたように思います。
ところが、日韓の支援団体はこれを不十分としました。基金をもらった元慰安婦を排斥し、基金を拒否した元慰安婦とともに天皇の責任と国家としての賠償を言い立てました。これに日本の右派が態度を硬化させ、慰安婦問題は、ウヨクとサヨクが論陣を張る政治問題となりました。
朝日新聞をはじめ日韓のマスコミや支援団体は、史実と違う、虚偽の情報を少なからず流布させていましたが、これをウヨクが指摘、糾弾、中間層を取り込んで世論は嫌韓に傾き、ネトウヨと呼ばれる大衆層を生み、これがまた韓国の対日感情の悪化につながる悪循環を生みました。
韓国は米国をはじめ世界中に戦中の日本軍の悪行を訴え、日本大使館前には少女の銅像まで建ててしまいました。ここに至って、慰安婦問題は、イスラム対キリストくらいに、絶対に解決できない問題になってしまった、そう思っていました。
それだけに、今回の安倍・朴両首脳による電撃合意には驚きました。歴史は、この本の著者、朴裕河さんの願うとおりの方向に進みつつあります。
「それを言ったらお終いよ」、世の中には、真っ向から話し合うと、かえってまとまらなくなることがあります。大切なことは相互理解、お互いの立場を慮る心ではないでしょうか。とにかく、両名、特に国内の反発は必至と思われる韓国の朴大統領の政治家としての手腕と勇気には大いに感じ入りました。北朝鮮とか、米国とか、いろんな思惑はあるのでしょうけど、そんなことは抜きにして、今回の歴史的合意に大きな拍手を送りたいと思います。
御年90歳くらいになられておわれると思われる元慰安婦の方たちの残りの人生が安寧であることを祈り、両国間の未来が実り多きものであることを願わずにはいられません。
この本には慰安婦問題の真実が書かれています。
日本人必読の書と思います。