「永遠の0」(百田直樹) | 「晴走雨読」 廣丸豪の読書日記

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廣丸豪(ひろまる・ごう)と言います。日々の読書生活や、気に入った本の感想などを気ままに綴ります。

永遠の0

 

(内容・あらすじ)
「生きて、必ず生きて帰る。妻のそばへ、娘の元へ」涙を流さずにはいられない、男の絆、家族の絆。
 「俺は絶対に特攻に志願しない。妻に生きて帰ると約束したからだ」「真珠湾に参加するとわかっていたら、結婚はしませんでした」「零戦はかつて無敵の戦士でしたが、今や――老兵です」「私には妻がいます。妻のために死にたくないのです」「私は帝国海軍の恥さらしですね」   「娘に会うまでは死ねない、妻との約束を守るために」。そう言い続けた男は、なぜ自ら零戦に乗り命を落としたのか。
終戦から60年目の夏、健太郎は死んだ祖父の生涯を調べていた。天才だが臆病者。想像と違う人物像に戸惑いつつも、1つの謎が浮かんでくるーー。記憶の断片が揃う時、明らかになる真実とは。

(感想)
言わずと知れた百田直樹さんのデビュー作にて、300万部の大ベストセラーです。
06年に出版されたのですが、当初はほとんど話題にならず、09年に講談社から文庫本が出版されてから、徐々に火が付き始めました。
私が読んだ文庫本には「20万部突破」とうい帯がついていましたので、まださほど話題になっていないころと思います。600ページくらいある長編小説なのですが、読み始めたら止められず、2日で読んでしまいました。そして、  途中、何度か涙をこらえることが出来ませんでした。

特攻隊員として26歳で死んだ母方の祖父・宮部久蔵を、その孫である姉弟が調べるのですが、 祖父のことも、先の戦争のこともほとんど知らない。最初は祖父を「臆病者」呼ばわりされ、落ち込みますが、調べが進むにしたがって、祖父は天才的な操縦技術を持っていたこと、そして当時の「死ぬのが当たり前」という雰囲気の中で、冷静に信念をつらぬき、生きることをあきらめない人であったことが分かってきます。
その彼がなぜ終戦間際に特攻隊として散ったのか。最後にミステリー張りの謎解き、どんでんがえしがあるのですが、、、

 祖父が信念の人であったのと対比するように、当時の日本の軍隊がいかにひどい組織であったかということが強調されているのですが、書評は別にして、なぜ日本は負けたのか、強い組織とはどのような組織か、ということについても考えさせられました。
客観的に見て、日露戦争も、大東亜戦争も勝つのは難しかった戦争と言いえるでしょう。むしろ状況は日露のほうがより厳しかったと思います。 にもかかわらず、日露戦争は勝ち、大東亜では負けた。

明治維新後、政府は軍の近代化を急ぎ、軍備はもちろん、組織や戦法についても欧州から教師を招き、また留学生を派遣して、最新の軍隊を導入しました。 当時の世界最新最強の軍事理論を、明治維新で職を失った下級武士やその息子達が忠実に学び、実践した結果、当時としては理想的な軍が作れたということでしょう。
一方、欧州では伝統、日本の江戸時代前のように、しがらみがあった。 ロシアの仕官は全員貴族出身者で、その中には実戦に向かない人もかなりいたと想像します。

その日露戦争から30年以上が経過して、日本の軍隊の上層部は実戦を知らない兵学校出のエリートで占められました。 ここで日本はロシアと同じ失敗をしてしまう。実戦から遠ざかり、軍部は国を守るという本来の使命よりも、自らの出世と組織の拡大を第一に考えるようになっていました。
有事の際の人事は、信賞必罰、実戦向き人間の抜擢人事が必要不可欠ですが、エリート達は責任を回避し、相互にかばい合ってそれを行なわない。
 だから、机上では積極的な無謀とも思える作戦が立てられる反面、実際の前線の指揮官は消去的な、弱気な判断に終始する。
真珠湾攻撃は、それ自体が、航空母艦から発進させた航空機のみによる爆撃という、当時としては空前の作戦であったわけですが、このときも、そこそこの戦果で満足して、徹底的に勝つということをしなかった。
海軍は、これ以降、ミッドウェーから徐々に負け始めます。
戦力の小口分散投入、兵站や情報戦の軽視、戦艦大和・武蔵は温存され、戦局がどうしようもなくなってから投入され、大した戦果を挙げることなく沈められました。

終戦のタイミングも、責任を取りたくないあまり結論を先送りにして、原爆投下やソ連の参戦によるシベリア抑留というやらずもがなの被害の拡大を招きました。
太平洋戦争における米英の戦死者約40万人に対し、日本の戦死者は200万人。もし米英にこれに近い死者がでていたら、確実に厭戦気分が蔓延して、戦争は終結していたと思います。
いかに日本の軍隊は人の命を粗末にしたか。
戦犯は連合国によって裁かれましたが、日本はどうしてあれほど負けたのか、日本人として考えなければならないと思いました。

岡田准一主演で映画化、向井理主演でTVドラマ化されました。いずれも良い出来だとは思いましたが、600ページにも及ぶ長編をまとめるには尺が足りなかったかな。
百田さんの大戦の史実に関する記述は、執念を感じるくらいに詳細に及んでおり、これを映像化するのは難しかったのかも。