
(あらすじ・内容)
和睦が崩れ、信長に攻められる大坂本願寺。毛利は海路からの支援を乞われるが、成否は「海賊王」と呼ばれた村上武吉の帰趨にかかっていた。
折しも、娘の景(きょう)は上乗りで難波へむかう。家の存続を占って寝返りも辞さない緊張の続くなか、度肝を抜く戦いの幕が切って落とされる! 第一次木津川合戦の史実に基づく一大巨篇。
(感想)
一向宗は農村の自治組織である惣村に布教し、信徒の集団となった惣村は寺内町を形成、やがて年貢未納など守護大名の領国支配に抵抗し、本願寺を領主と仰ぐ一国支配に至った。
天下統一を目論む織田信長には、当然そんなものは認められない。ところがこの宗教的な結束に基づく国は実に厄介、戦国大名の価値観はお家存続が第一、圧倒的な力で脅せば屈服させられるが、この一向宗の国の兵は、進めば極楽浄土、退けば無間地獄と向かってくる。宗教で結ばれた世俗的権力というものがいかに恐ろしいかは、今のイスラム国を見ればわかる。
のちに秀吉が伴天連禁止令を出したのも同じような理由なのだろう。宣教師は、貿易と先進技術を布教と一体化して大名に取り入り、キリシタンとなった大名はキリスト教による領国支配と私貿易を行う。これがいかに天下統一の障りになるか、一向宗との闘いを信長とともに体験した秀吉は身に染みて感じていたことだろう。
その遺志は家康に引き継がれ、17世紀前半の島原の乱をもって、この国の宗教勢力による大規模武力抗争は終結する。同時代の欧州はといえば三十年戦争、400万人もの死者を出した宗教戦争の真っ最中だった。宗教が政治にかかわることを決して許さなかった織田信長や豊臣秀吉は、歴史的に、大いに評価をされてよいのではと思う。
と、まあ、そんな歴史観とは一切かかわりのない、和田竜さんの描く第一次木津川合戦である。
2014年の本屋大賞受賞作であるこの本は、徹底したエンターテインメント路線。お家存続で打算に動く戦国の武士たちの思惑を一瞬にして転換させる鬼手、それは血気盛んな海賊の娘の気まぐれな心意気だった。
上巻は、近世に向けて歴史の歯車を回すキーマンの織田信長と、中世にとどまらせるために信長に抵抗する本願寺、毛利、上杉。微妙なパワーバランスの中で、お家存続のために損得を考え、動向を見守る中小の武家、海賊。そんな図式で静かに物語は進行する。
下巻は一転、損得や妥協、日和見を捨て去り、本能と矜持をむき出しにして戦い、自らの価値観に殉じる海賊や武士たち。そんな姿が凛々しくも哀しくて少しおかしい。
しかし、ここまでのことがあっても、歴史の大勢は変わらない。水が低きに流れるがごとく、否応なく時代は近世に移り変わっていく。そんな諸行無常の時代の流れに寂寥感を感じますと言ったら、それは歴史の結果を知る者のメタな意見なのだろう。
和田さんがそんな気持ちでこの小説を書いたのかはわからない。単純に、史実に基づいたフィクション、手に汗握る戦国活劇絵巻と思って読むのが正解かもしれない。