「リアル・ペイン〜心の旅〜」 | 帰ってきた神保町日記      ~Return to the Kingdom of Books~

「リアル・ペイン〜心の旅〜」

 従兄弟同士のふたりが、祖母の故郷であるポーランドを訪ねるロード・ムービー「リアル・ペイン〜心の旅〜」を観ました。

 物語自体はいたってシンプルですが、ここで描かれる人々の心情は深く、感想を一言でまとめるのが難しい作品です。

 主人公のデヴィッド(ジェシー・アイゼンバーグ)とベンジー(キーラン・カルキン)は従兄弟同士。子供の頃は兄弟のように過ごしていましたが、今は疎遠になっていました。

 二人の祖母が亡くなったことをきっかけに、久しぶりに会い、祖母の故郷であるポーランドを訪ねるツアーに参加します。

 そのツアーの最終目的地はマイダネクにあったナチスの強制収容所のひとつルブリン強制収容所でした。

 デヴィッドは家庭を持ち、多忙ながらも一見幸せな生活を送っているように見えますが、強迫性障害を抱えています。ベンジーは初対面の人に対しても率直な物言いで驚かせることがありますが、コミュニケーション力が高く、ツアーのメンバーたちとも早くから打ち解けていきます。しかし彼も祖母を亡くしたことで、心に大きな不安定な要素を抱えています。

 ツアーメンバーたちも、多かれ少なかれ心に傷を持っています。離婚直後の女性。ルワンダの虐殺を生き延びた男性。

 そんな彼らとの旅を通じ、「本当の痛み(Real pain)」とは何か?を問いかけてくる作品です。

 ちなみに〝Real pain〟には「困った奴」という意味もあります。正直で率直な物言いで、時にはツアーメンバーを混乱させるベンジーを揶揄した言葉にもなっています。

 久しぶりに再会した二人は、旅を通じてお互いが心に抱えている闇を認識し、それにどう向き合えば良いのか葛藤を続けます。

 同時にツアーメンバーたちとの交流を通じ、人が抱えている痛みの尺度とは、他と比較し得るものなのか?自分の抱えている痛みよりも大きな痛みと向き合った時、自分の痛みを押し殺すべきなのか?という大きな問いにぶつかります。

 クライマックスはルブリン強制収容所を訪れるシーンです。ここはナチスの強制収容所の中でも、比較的当時に近い状態で保存されている場所なのだそうです。この場面ではほとんどセリフはありません。出演者たちが静かに強制収容所の中を見て回る様子が、厳粛に映し出されます。ただその場を映し出しているだけなのに、かつてここで行われていたことを想起させ、映像の持つ力を思い知らされる場面です。

 ホロコーストという歴史的事実が持つ痛みは、途方もないものです。ただその痛みを実感できるのかと言われれば、僕には自信がありません。実際にその場を訪れれば、いくらかは伝わってくるのでしょうが、正直想像することも難しい痛みなのだと思います。

 翻って、現在起きているウクライナやガザでの紛争でも、多くの痛みが生じています。僕たちはニュース映像を通じて、その痛みを理解しようとしますが、果たして現地で実際にその痛みを感じている人々と同じだけの痛みを感じられるのでしょうか?

 「リアル・ペイン〜心の旅〜」は、極めて個人的な心の痛みを描きながらも、その裏側では歴史的、世界的な規模での人々の痛みと向き合うことの大切さ、難しさを問いかけている作品なのだと思います。

 

 ツアーの途中で出てくるポーランドの街並みが実に美しく感動します。僕自身ポーランドについてはあまり具体的な印象は持っていなかったのですが、その街並みの美しさに見とれてしまい、いつか行ってみたくなりました。

 また映画の劇伴としてポーランド出身の作曲家ショパンの名曲が多く使われています。これらの楽曲が映画全編に響き渡り、重くなりがちな物語を優しく導いてくれています。