「天間荘の三姉妹」
漫画家・高橋ツトムの「スカイハイ」シリーズのひとつ「天間荘の三姉妹」を実写映画化した作品。
「スカイハイ」は2001年から始まった作品で、テレビドラマ化で話題になり、その後映画化もされています。
主人公のイズコは現世と来世をつなぐ「怨みの門」の門番。彼女のもとには不慮の事故や事件に巻き込まれて殺害されるなど、納得のできない死に方をしてしまった人々の魂が集まります。そして彼らに対しイズコは魂の行き先の選択を提示します。そんな人々のエピソードを積み重ねてきたのが「スカイハイ」シリーズです。
イズコの「お逝きなさい」というセリフも話題になりました。
「天間荘の三姉妹」にもイズコは登場します。ドラマ版や劇場版では釈由美子さんがイズコを演じていましたが、今作では柴崎コウさんが演じています。
でもこの作品の主人公はタイトルにもあるように三姉妹。長女ノゾミ(大島優子)、次女カナエ(門脇麦)、三女タマエ(のん)の3人が物語の中心です。
天間荘は三ツ瀬という海辺の街にある老舗旅館。ノゾミが若女将を務め、カナエは街にある水族館でイルカのトレーナーをしています。
ある日、イズコに連れられてタマエが天間荘にやって来ます。彼女は腹違いの妹で、2人に会うのはこれが初めてです。
実は三ツ瀬は天界と地上の間にある街で、天間荘は生死を彷徨う魂が、天界に旅立つか、それとも現生に戻るかを考えるための場所でした。
タマエは現世で交通事故に遭い、意識不明の重体で生死の境を彷徨っており、ここに連れてこられたのでした。
奇しくもこの天間荘で初めてそろった三姉妹。天間荘にはわけありの宿泊客がやって来ます。宿の従業員として働き始めたタマエは、そんな人々にまっすぐに寄り添い、魂を癒していきます。
でもこの三ツ瀬の街も永遠にあるわけではありません。それを知ったタマエは、大きな決断を迫られます。
三ツ瀬は架空の地名ですが、モデルになっているのは宮城県の女川町です。そして、この物語のモチーフになっているのは東日本大震災です。
三ツ瀬は震災で亡くなった人々の魂が集まってできた街であり、現世に残してきた人々との震災前の幸せな日々のまま時刻が止まった世界です。現世に残してきた人々への思いが断ち切れない人々の街なのです。
東日本大震災を扱った映画はこれまでにもいくつか観てきましたが、この作品はとても胸に残りました。
表向きは三姉妹の日常を描いたホームドラマを装いながらも、その奥には震災で失われた命への祈りが込められています。
あの日、突然命を奪われた人々。
大切な人たちを失った人々。
そんな喪失感と悲しみが、丹念に描かれます。
本来なら暗くなりそうな話ですが、そうなっていないのはタマエを演じるのんさんのキャラクターです。死者の魂の街の中で、彼女は生死の境を彷徨っているとは言え、まだ生きている人間です。前向きで天真爛漫なタマエの存在は、天間荘の人々の心も変えていきます。
亡くなった人々と残された人々の想いをつなぐ象徴的な役割を、のんさんが見事に演じています。
長女役の大島優子さん、次女役の門脇麦さんも適役です。
そして天間荘の大女将であり母親である寺島しのぶさんの存在感も素晴らしいです。腹違いということで最初はタマエに厳しく接しながらも、実はそれは優しさの裏返しという繊細な役柄を演じています。
父親を演じる永瀬正敏さんや、旅館の料理長の中村雅俊さん、カナエの恋人役の高良健吾さんとその父親の柳葉敏郎さんなど、皆さん印象に残ります。
舞台は東北ですが、海のシーンではところどころ見覚えのある風景が出てきました。エンドクレジットを見てみると、やはりロケ地の中に伊豆が入っていました。映画を観た後にパンフレットを読んでみたら、現在の女川町には震災前の街の風景があまり残っていないそうです。そこで女川町の海のイメージに近い場所ということで伊豆の海岸が選ばれたそうです。ちなみにカナエが働く水族館は、下田水族館がロケ地として使われています。これもすぐに分かりました(笑)。
30代の頃は毎週のように伊豆の海に出かけ、シーカヤックを漕ぎまくっていたので、懐かしい場所がいくつも出てきました。そんなところもこの作品に親近感を覚える要素のひとつです。
監督の北村龍平さんと、原作者の高橋ツトムさんは、高橋さんの漫画「ALIVE」を北村さんが映画化して以来の仲だそうです。その二人が東日本大震災を経験し、これは作品として後世に伝えていかなければならない、という思いに駆られて作り上げたのがこの映画だそうです。
そんな2人の思いが確かに感じられる作品でした。
ファンタジーという体裁はとっているものの、この映画には間違いなく、残された人々のリアルな思い、そして一歩を踏み出す力が感じられました。
映画ののんさんのラストカットが本当に素晴らしいです!