ヴェルナー・ヘルツォーク レトロスペクティブ「闇と沈黙の国」&「スフリエール」 | 帰ってきた神保町日記      ~Return to the Kingdom of Books~

ヴェルナー・ヘルツォーク レトロスペクティブ「闇と沈黙の国」&「スフリエール」

 昨日も岩波ホールでヴェルナー・ヘルツォーク レトロスペクティブ「闇と沈黙の国」「スフリエール」を観てきました。

 

 

 16時半からの上映でしたが、この日もチケットは15時前に完売!貴重なヘルツォーク作品が観られるということはもちろんでしょうが、間もなく閉館となる岩波ホールを惜しんでということもあったのでしょう。

 客層は昔からのファンが多いのかと思いきや、意外と若い人たち、それも女性客が目立ちました。

 僕は最後列の車椅子用のスペースで観ました。すぐ隣に16ミリ映写機が設置されていて、上映が始まるとリールの回転する「カタカタ」という音が聞こえてきます。人によっては上映の妨げと感じるかもしれませんが、僕にはこのフィルムが回る「カタカタ」という音が何とも心地よく、映画を観ているなあ、という気にさせてくれました。

 

 「闇と沈黙の国」は1971年製作の作品。

 ドイツのバヴァリア地方に住む盲ろう者の女性フィニ・シュトラウビンガーを追ったドキュメンタリー。彼女は子どもの頃に盲ろうになり、以後30年あまり家に閉じ込められていましたが、56歳の時に、自分と同じ境遇の人々をサポートし始めました。

 上映後のドイツ映画研究者・ 渋谷哲也 さんの解説でよく分かったのですが、この作品は盲ろう者の立場で撮られていることが卓越した点でした。

 この映画は盲ろう者を可哀想、気の毒といった見方をしているわけではなく、健常者の視点とは全く違う世界がある、という捉え方をしています。 

 コミュニケーションという概念をひっくり返されたような気がします。

 終盤に登場する生まれながらの盲ろうの少年と、30代で盲ろうになり、母親とひっそり暮らしてきた中年男性のエピソードが強烈に心に残りました。

 盲ろうの世界というのも、ヘルツォークにとっては未知の深淵な世界だったのでしょう。そういう意味では、実にヘルツォークらしい作品と言えます。

 

 「スフリエール」は1977年製作の作品。

 カリブ海に浮かぶグアドループ島にある火山が爆発するという情報が流れ、ほぼ全ての島民が避難します。しかし現地にとどまっている何人かの農民がいると聞きつけたヘルツォーク監督は、撮影クルーと共に島へ向かいます。島の人々が避難し、ゴーストタウンのようになった島の街の様子が映し出されます。いつ火山が爆発するかわからない中、ヘルツォーク監督は決死の覚悟で島民たちを取材します。一方島に残っている島民たちは、意外とあっけらかんとしていて、死を覚悟した悲壮感よりも、故郷である島に対する思いを語ったり、歌ったりします。

 結局島の火山は爆発せず、ものすごい事件を捉えるはずだったドキュメンタリーは、何事もなく終わります。全編を貫く緊張感と最後の最後での脱力感とのコントラストが、これはこれで素晴らしい!多分、普通のドキュメンタリーだったら没企画なんでしょうが、それでもひとつの作品にしてしまうところが、ヘルツォークの凄みなんだと思います。