独自の解釈でメアリー・アニングを描いた「アンモナイトの目覚め」 | 帰ってきた神保町日記      ~Return to the Kingdom of Books~

独自の解釈でメアリー・アニングを描いた「アンモナイトの目覚め」

『アンモナイトの目覚め』

 

 古生物学や化石に興味のある人ならメアリー・アニングという名前を聞いたことがあるのではないでしょうか。

 彼女は19世紀のイギリスで化石採集者、古生物学者として活動した。彼女の名を一躍有名にしたのは、1811年、彼女が世界で初めて発見したイクチオサウルスの全身骨格化石だ。当時彼女は12歳。その後もプレシオサウルスを始め、世界的な化石の大発見を重ねていった。

 しかし当時のイギリスの学会は完全な男性社会。彼女の豊富な知識と化石発見の卓越したセンスにも関わらず、労働者階級の出身であることと、女性であるという理由で彼女の功績は正当に評価されなかった。

 彼女はメリル・ストリープ主演の「フランス軍中尉の女」のモデルにもなっている。

 この映画はメアリー・アニングを主人公とした物語。しかし、彼女がどんな生活を送っていたのかについて、具体的な記録はほとんど残されていなかった。

 そこでこの作品の監督のフランシス・リーは、独自の解釈でメアリー・アニングという女性を描いた。彼はこう述べている。

 

「僕は自伝を作りたかったわけじゃない。メアリーを尊重しつつ、想像に基づいて彼女を探求したかった。女であれ男であれ、メアリーが誰かと関係を持ったという証拠は一つも残っていないが、彼女に相応しい関係を描きたいと思っていた。」

 

「だからこそ男性との関係を描く気になれなかった。彼女に相応しい、敬意のある、平等な関係を与えたかった。メアリーが同性と恋愛関係を持っていたかもしれないと示唆するのは、自然な流れのように感じられたんだ。そのうえで社会的にも地理的にも孤立し完全に心を閉ざしてきた女性が、人を愛し、愛されるために心を開き、無防備になることがどれだけ大変かを描きたかった。」

 

 メアリー・アニングを演じたのはアカデミー賞女優のケイト・ウィンスレット。「タイタニック」のヒロインも、すっかり大女優の貫禄が出てきた。最近は、こういうやさぐれた感じの中年女性を演じさせると抜群にうまい。

 そして、彼女と恋に落ちる裕福な化石収集家の若い妻シャーロットを演じたのは、4度のアカデミー賞ノミネート歴のあるシアーシャ・ローナン。最近では「ストーリ・オブ・マイライフ」の主演が記憶に新しいところ。

 この二人の演技派の共演が見どころ。二人ともこれだけの実績がありながら、物語の中で大胆なラブ・シーンを見せてくれる。でもそれはエロティックでありながらもとても品があり、流石と思わせる。

 化石を発掘するということは、かつてこの地球に存在した生物を発見し、その生態を現代に活き活きと甦らせる行為だ。それは、胸の中に閉じ込めてあった感情を掘り起こし、再び燃え上がらせることに通じる。

 メアリーはシャーロットと出会うことで、自分の中にあった奔放で自由な感情を呼び覚まされ、再び心のままに生きようとする。

 彼女が化石の発掘作業を行う海岸では、いつも激しく波が荒れ狂っている。しかし、シャーロットと心を通じ合い、共に生活するようになる場面では、とても穏やかな光景を見せる。それはあたかもメアリーの感情の起伏を象徴しているかのようだ。

 二人の物語は監督の創造によるものだが、化石の発掘場面や、メアリーの化石店などは時代考証がしっかりされていて、当時の化石採集の様子がわかり興味深い。

 19世紀のイギリス社会を描きながらも、男性上位の格差社会や、同性愛など現代社会にも通じるテーマが織り込まれ、恋愛ドラマ以上の見応えがある。