イーストウッドの新たな挑戦に感服!「15時17分、パリ行き」 | 帰ってきた神保町日記      ~Return to the Kingdom of Books~

イーストウッドの新たな挑戦に感服!「15時17分、パリ行き」

『15時17分、パリ行き』

 

 2015年8月、乗客554名を乗せたアムステルダム発パリ行きの高速鉄道車内で、イスラム過激派の男が自動小銃を発砲した「タリス銃乱射事件」をクリント・イーストウッド監督が映画化。

 「アメリカン・スナイパー」「ハドソン川の奇跡」と立て続けに実話を映画化しているイーストウッド監督だが、この新作では実際に事件に遭遇した3人の若者本人を主役として起用するという大胆な試みを行なった。

 そしてこの試みは見事に成功している。87歳になっても、常に新しいことに挑戦し続けるイーストウッド監督には感服するしかない。

 予告編を観ると、列車内でのテロリストとの攻防がどう描かれるかに期待してしまうだろうが、実はこの映画の核心はそこではない。

 物語の大半は、3人の若者の事件当日までの生い立ちを描くことに費やされる。3人は小学生時代、問題児扱いされていた。集中力がなく、授業についていけず、いつも校長室に呼び出される毎日。3人のうち2人はシングルマザーの家庭に育ち、映画の中では担任教師に「シングルマザーの家庭の児童は、問題児になることが多い」などと心ない言葉を浴びせられたりもする。

 3人のうち1人はミリタリーおたくで、いつも3人でモデルガンを使ったコンバットゲームで遊んでいる。これが間違った方向に行くと、コロンバイン高校での銃乱射事件のようなことになってしまったりするのだが、彼らは違った。

 3人の中の1人、クリスチャンのスターンは、いつも「自分を平和のための道具にしてください」と神に祈っている。人命を守るという固い決意を持ち、成人してからは陸軍に入隊。希望の部隊には配属されず、いつもへまばかりしていたが、人命を守るという信念だけは強く持ち続けていた。

 そして運命の日。3人でバカンスに出かけたヨーロッパ旅行中、テロ事件に遭遇したとき、なぜ彼らは瞬時に命懸けの判断ができたのか?それを描くための映画と言っていい。

 3人のうち2人は現役の軍人だが、際立って優秀な軍人だったわけではない。しかも事件当時は休暇中で、もちろん武器は持っておらず、そう言う意味では普通の若者だ。

 彼らの行動を軍人としての使命感ととらえることもできるだろう。しかし目の前に強力な自動小銃で武装したテロリストが現われたとき、果たして使命感だけでそんな行動ができるのだろうか?

 現代においては、テロ事件に巻き込まれるというのは、そうそう頻繁ではないにしても、決してありえないことではない。

 またテロに限らず、震災や事故など、命が危険にさらされる事態は、誰にでも起こりうることだ。日本では3.11以降、より一層その感覚が強くなった。

 そうなったとき、人はどんな決断ができるのか?そしてその決断の背景には、何があるのか?

 運命を賭けた一瞬の決断には、それまでの人生で培ってきたものが後押ししてくれるのだということを、この映画は教えてくれているように感じた。

 この物語のように実話の映画化の場合、最後に実際の映像が流れ、実在の人物と彼らを演じた俳優が「よく似ているなあ」と感心することがある。

 この作品でも最後に、実際に3人がフランス大統領から勲章を授与されたときの映像が映し出されるのだが、当たり前だけれど3人とも本人が演じているので、まったく違和感がない。

 逆にその違和感のなさに驚かされてしまい、あらためてイーストウッド監督はどえらいことをやってくれた!と感動してしまうのだ。