世界中の父親たちへ
今年も下半期に入った途端、すごい小説を読んでしまった!
今年No.1、いや今までに読んだ小説の中でもベスト5に入れていい作品だ。
「ザ・ロード」コーマック・マッカーシー
今年のアカデミー賞で作品賞を受賞した「ノーカントリー」の原作「血と暴力の国」の著者が、この作品の次に発表した作品で、ピューリッツァー賞を受賞している。
物語はシンプルだ。
核戦争か何かは分からないが、大惨事〈カタストロフィー〉が起こり、文明が壊滅した世界。植物は枯死し、生物もほとんど死に絶えた。空は厚い雲に覆われ陽の光はあまり届かず、地表は灰色の灰に覆われ、厳しい寒さだ。人間はわずかに残っているものの、秩序は崩壊し、暴力と略奪がはびこっている。
そんな世界の中で北米大陸を父親と幼い息子の二人が、わずかな食糧と生活用具をショッピングカートに乗せ、少しでも暖かいと思われる南に向かって旅を続けている。
その過程を淡々とした筆致で綴っている。
何度も挿入される父と子の会話が胸を打つ。
何気ない普段の会話の中に、お互いへの信頼と思いやり、愛情が切々とこめられており、それを読むだけで何度も胸が締め付けられる思いをした。
例えばこんな会話がある。廃墟と化した町の中で、壊れた自販機の中にたった1本だけ残っていたコーラを見つけたときのシーンだ。
飲んでごらん。
少年は父親を見てから缶を傾けて飲んだ。それからしばらく考えるような顔をした。すっごくおいしいね、といった。
そうだろう。
パパも飲んで。
お前に飲んでほしいんだ。
でもパパもちょっとだけ。
彼は缶を受けとり一口飲んでからまた返した。あとは全部飲んでいいよ。しばらくここに坐っていよう。
それってもうぼくが二度と飲めないからでしょ?
先は長い。いつかまた飲めるさ。
わかった、と少年はいった。
幼いながらも自分の死というものを常に意識している少年。そんな少年を守るために、絶望しか見えない世界の中で励まし続ける父親。
希望の見えない世界の中で、父親の言うように自分たちは“善いもの”だと信じる少年。
少年を守るためには他人を見捨てることや、殺すことも厭わない覚悟を決めた父親。
一方、少年は一人でさまよう老人に、自分たちのわずかな食糧の中から、缶詰を分け与えようとする。
少年の存在は、荒廃した世界の中で天使のような存在であり、唯一の希望とも言える。
旅の果てに希望があるという保証はない。それでも旅を続けることが、この親子の生きる証であり、存在意義だ。
やるべきことのリストなどなかった。今日一日があるだけで幸運だった。この一時間があるだけで。“あとで”という時間はなかった。今がその“あとで”だった。胸に押し当てたいほど美しいものはすべて苦悩に起源を持つ。それは悲しみと灰から生まれる。そうなんだ、と彼は眠っている少年にささやいた。パパにはお前がいる。
英語の原文はカンマを極力排した文章で、翻訳文にもそれを活かし、句読点のほとんどない文章となっている。そのため、最初はとっつきにくいかもしれないが、やがて慣れてくると。この終末感の漂う世界をよく表現している、ということに気付くだろう。
静かな物語だが、最後まで切なく、胸を締め付けられる思いで読んだ。
たくさんの人に読んでほしい物語だ。特に父親である人にはぜひ読んでほしい。
そしてこの切なく、美しい親子の物語を知ってほしい。
今年No.1、いや今までに読んだ小説の中でもベスト5に入れていい作品だ。
「ザ・ロード」コーマック・マッカーシー
今年のアカデミー賞で作品賞を受賞した「ノーカントリー」の原作「血と暴力の国」の著者が、この作品の次に発表した作品で、ピューリッツァー賞を受賞している。
物語はシンプルだ。
核戦争か何かは分からないが、大惨事〈カタストロフィー〉が起こり、文明が壊滅した世界。植物は枯死し、生物もほとんど死に絶えた。空は厚い雲に覆われ陽の光はあまり届かず、地表は灰色の灰に覆われ、厳しい寒さだ。人間はわずかに残っているものの、秩序は崩壊し、暴力と略奪がはびこっている。
そんな世界の中で北米大陸を父親と幼い息子の二人が、わずかな食糧と生活用具をショッピングカートに乗せ、少しでも暖かいと思われる南に向かって旅を続けている。
その過程を淡々とした筆致で綴っている。
何度も挿入される父と子の会話が胸を打つ。
何気ない普段の会話の中に、お互いへの信頼と思いやり、愛情が切々とこめられており、それを読むだけで何度も胸が締め付けられる思いをした。
例えばこんな会話がある。廃墟と化した町の中で、壊れた自販機の中にたった1本だけ残っていたコーラを見つけたときのシーンだ。
飲んでごらん。
少年は父親を見てから缶を傾けて飲んだ。それからしばらく考えるような顔をした。すっごくおいしいね、といった。
そうだろう。
パパも飲んで。
お前に飲んでほしいんだ。
でもパパもちょっとだけ。
彼は缶を受けとり一口飲んでからまた返した。あとは全部飲んでいいよ。しばらくここに坐っていよう。
それってもうぼくが二度と飲めないからでしょ?
先は長い。いつかまた飲めるさ。
わかった、と少年はいった。
幼いながらも自分の死というものを常に意識している少年。そんな少年を守るために、絶望しか見えない世界の中で励まし続ける父親。
希望の見えない世界の中で、父親の言うように自分たちは“善いもの”だと信じる少年。
少年を守るためには他人を見捨てることや、殺すことも厭わない覚悟を決めた父親。
一方、少年は一人でさまよう老人に、自分たちのわずかな食糧の中から、缶詰を分け与えようとする。
少年の存在は、荒廃した世界の中で天使のような存在であり、唯一の希望とも言える。
旅の果てに希望があるという保証はない。それでも旅を続けることが、この親子の生きる証であり、存在意義だ。
やるべきことのリストなどなかった。今日一日があるだけで幸運だった。この一時間があるだけで。“あとで”という時間はなかった。今がその“あとで”だった。胸に押し当てたいほど美しいものはすべて苦悩に起源を持つ。それは悲しみと灰から生まれる。そうなんだ、と彼は眠っている少年にささやいた。パパにはお前がいる。
英語の原文はカンマを極力排した文章で、翻訳文にもそれを活かし、句読点のほとんどない文章となっている。そのため、最初はとっつきにくいかもしれないが、やがて慣れてくると。この終末感の漂う世界をよく表現している、ということに気付くだろう。
静かな物語だが、最後まで切なく、胸を締め付けられる思いで読んだ。
たくさんの人に読んでほしい物語だ。特に父親である人にはぜひ読んでほしい。
そしてこの切なく、美しい親子の物語を知ってほしい。