肺気腫とは、読んで字のごとく、が空れる病気です。呼吸をするとき、吸い込んだ空気の量と同じ量が吐き出せないと、空気が肺の中にたまっていきます。この状態を「過膨張肺」といいます。気管支喘息の発作で息が吐き出しにくくなった時も肺に空気がたまりすぎて過膨張の状態になりますが、発作が収まれば、たまった空気を吐き出すことができて元に戻ります。肺気腫の場合は、徐々に空気を吐き出す力が減少していくことで、数年、数10年をかけて肺が過膨張になっていきます。肺の病気に限らず、高齢や基礎疾患などで呼吸をする体力がなくなってくると空気を吐き出す力が衰えますが、その場合は吸い込む空気の量も減少するので、肺の過膨張は起こりません。過膨張が起こるのは、「呼気量<吸気量」の場合です。

 

「呼気量<吸気量」が起こる原因は2つあります。

ひとつは気管支喘息のように気道(=空気の通り道)が狭くなる場合です。

気管支のように分岐を繰り返す気流路では、分岐する方向に空気が流れるときより合流する方向に空気が流れる時の方が大きな力が要ります(道路で車を運転するときのことを考えて下さい。道路が合流するときの方が運転は難しいですよね)。通常は、吸気と呼気の差はわずかですが、気道が狭くなっているとその差が顕著になり、空気を吐き出しにくくなって肺が過膨張になります。喘息の発作が治まっても、完全に気管支の狭窄が元に戻らないと、少しづつ肺に空気がたまっていきます。もう一つは、肺を収縮させる力が減少する場合で、肺気腫がこれにあたります。通常の安静呼吸では、呼吸筋が働くのは吸気のときだけで、横隔膜と肋間筋が収縮します。呼気はこれらの吸息筋が弛緩することでなされます。吸息筋が弛緩して、肺を外から引っ張る力がなくなると、肺内の弾力線維に蓄えられたエネルギー(=弾性復元力)によって、肺が元の状態に戻ります。そして、肺内にたまった空気が排出されるのというわけです。肺気腫では、弾力線維が変性して肺胞壁が断裂し、弾性復元力が低下するために、「吸気量>呼気量」の状態になります。

 

COPDは慢性閉塞性肺疾患(Chronic Obstructive Pulmonary Disease)の略語で、肺気腫と同じような意味でつかわれます。慢性的に気道が閉塞している病気という意味で、「気道閉塞」の有無は、呼吸機能検査の一種であるスパイロメトリーの「最大努力呼気検査」で調べられます。できるだけ息を吸い込んでから(=最大)力いっぱい息を吐き(=努力呼気)、吐き出した空気の全量と最初の1秒間に吐き出した空気の量の比(1秒率といいます)が70%以下の場合、COPDと診断されます。肺気腫の多くはこの診断基準にあてはまり、COPDの多くは肺気腫です。

COPDの気道閉塞は末梢気道で起こるとされています。末梢気道とは内径2㎜以下の細気管支のことです。肺気腫で末梢気道閉塞が起こるのは、細気管支の周囲の肺胞壁が断裂しているため、呼気時に内腔が閉塞する、と教科書には書いてありますが、呼吸中の細気管支の様子を直接観察できる技術はなく、仮説の域を出ません。また、同じ教科書に「末梢気道はサイレントゾーンで、末梢気道に病変があっても1秒率には反映されがたい」とも書いてあります。それではなぜ、肺気腫で1秒率が低下するのでしょうか。教科書のどこを探しても、明確な答えはみつかりません。

 

実は、肺気腫では呼気時に気管が狭窄します[1,2]。より正確には、胸郭内の気管と主気管支で、頸部の気管は狭窄しません。これがコペルニクスポイント5です。図2_2_1は肺気腫の最大努力呼気中のダイナミックCT画像です(動画はYouTubeで、https://youtu.be/Jo-G8J9Q2Mk)。通常のCT画像は息止めをして撮影しますが、ダイナミックCT画像は呼吸しながら撮影します。図2_2_1では通常の呼吸ではなく、1秒率を計測するのと同じ「最大努力呼気」をしてもらいました。

 

図2_2_1.肺気腫の最大努力呼気ダイナミックCT画像

 

呼出直前は、呼吸停止をしているときとおなじように気管の断面が丸く写っています。しかし、呼出をはじめたとたんに、三日月のような形にへしゃげてしまっています。これは、過膨張した肺によって気管が圧迫されているところに、高速の気流が通過するためにおこる物理現象で、肺の過膨張のない健常者には起こりません。メカニズムの詳細は、専門家コースで説明します。

呼吸停止下のCT画像だけを見てきた呼吸器科医にとっては、気管がこのようにへしゃげることはおよそイメージできないことです(コペルニクスポイント1)。しかし、この現象は1960年代にすでに知られていました[3]。当時はCTスキャナーはなく、気道の状態を調べるためには気管に造影剤を注入してX線透視下で観察する方法が行われていました。シネ気管支造影検査で肺気腫の気管が呼気時に狭窄することが明らかになったのですが、そのメカニズムは不明でした。気管支造影検査は被検者の身体的負担が大きく、また、透視撮影では気管の3次元的な形状を把握するのが困難なことから、メカニズムを探る研究は進みませんでした。1980年代になり、胸部CT検査が肺疾患の診断に用いられるようになると気管支造影法は姿を消し、ほとんどすべての胸部画像が呼吸停止下で撮影されるようになりました。胸部CT検査は肺癌や肺結核などの形態診断には絶大な威力を発揮しましたたが、呼吸動態観察の重要性を呼吸器科医に忘れさせてしまったのも胸部CT検査だったといえます。

 

我々が肺気腫の最大努力呼気CT画像を国内外の主要学会で発表したのは2014年ですが、奇妙なことに、私の知る限り、最大努力呼気CT画像の追試報告は現在まで全くありません。なぜ半世紀の間、呼気時気管狭窄は歴史の闇に消えていたのか?なぜ学界はその事実を今も認めようとしないのか? この問題を論じるにはきわめて専門的な知識が必要になりますので、専門家コースで扱う予定です。ここでは、コペルニクスポイント3の肺胞口閉鎖が関係していることをお伝えしておきます。

 

文献:

  1. 北岡裕子、平田陽彦、木島貴志.麻酔診療に深く関わる生理学:呼吸―換気力学.麻酔65: 452-460, 2016.
  2. Kitaoka H. Reconstruction of respiratory physiology based on flow dynamics.  J Fluid Science and Technology 13: 1-7, 2018.
  3. Rainer WG, et al. Major airway collapsibility in the patho- genesis of Obstructive Emphysema. J Thorac Cardiovasc Surg 46: 559-567, 1963.