皆さんいかがお過ごしですか

私が住んでいる地域は梅雨入りしましたが、今日もハッピーに過ごしています。
私は昔は雨だとテンションが下がって嫌いだったのですが、今は雨だと仕事の日にお客が少なくてゆっくり出来るので逆にありがたいです(≧∀≦)
何しろハッピーになれるコツをつかんでからは毎日楽しくてしょうがないんです

前回ブログをリニューアルして今日は2回目ですが、今日はどうして私がこんなにもハッピーになれたのかを順を追って書いていこうと思います。
前回の記事をまだ見ていない方はまずこちらをご覧下さいね(^^)
ハッピーになれるコツをお伝えする前に、まず私の過去を振り返っていきたいと思います。
しばしお付き合い下さい。
以前の私は全然ハッピーではありませんでした。
子供の頃は好奇心旺盛でイタズラ好きで、やってみたい事や気になることを片っ端からやって親からも親戚からも良く怒られていました。
子供だった私はなぜ怒られるのか理由が分かりませんでした。
ただ思ったことや気になったことを全部やると怒られる、そう思った私はいつしかやりたいと思う気持ちを抑えるようになり、周りにあまり心を開かず、人見知りな性格になっていきました。
そしてコンプレックスの塊になったのです。
そんな私は友達も少なく、マイペースで一人遊びをするのが好きな子供でした。
でもそれで寂しいとは思いませんでした。
気が付けば自然散策や絵を描いたり歌を歌ったりするのが大好きで、好きなことなら何時間でも一人で夢中になってやっていました。
私が絵を描くと学校の先生も親も褒めてくれました。
そんな私の将来の夢は小学校の低学年の頃までは画家になることでした。
それが高学年になって少しずつ変わっていきました。
何がきっかけかは覚えていないのですが、鼻歌のような曲を自分で作って歌うようになり、その自作の曲が最初は童謡や唱歌のような感じだったのが、当時流行っていたフォークソングの影響を受けてフォークソング調の曲を書くようになりました。
それを学校の掃除の時間に鼻歌で歌っていたら、それを聴いた同級生の女の子が
「曲を作れるなんてすごいね!実は私詩を書いてるんだけど、良かったら曲を付けてもらえない?」と言ってきたのです。
私に何かをお願いをしてくる人は初めてだったので嬉しくなり、彼女から渡された詩に何曲か曲を付けたら凄く喜んでくれて、今度はその子と2人で作った曲を休み時間や掃除の時間に毎日歌うようになりました。
中学になってその子とはクラスが別になり、部活も別々になり、一緒に歌を歌って過ごすことはなくなりました。
私は部活は何に入るか迷った末に従姉妹に勧められた卓球部に入りました。
でも元々運動が得意だった訳でもなく、毎日走らされて新入部員はほとんど玉拾いの毎日に嫌気がさしていました。
そんなある日、詩を書いて一緒に歌っていたその彼女が私の所にやって来て
「せっかく曲を作ったんだから音楽の先生に見てもらおうよ!」と言って来たのです。
そんな発想は私の中にはなかったのですが、彼女がそう言うのなら、と2人で音楽の先生に見てもらいに行きました。
すると、曲を見た先生が
「これ、自分で作ったの?素晴らしいわね!」
と褒めてくれました。
そして私にこう言いました。
「あなた、こんな曲が書けるんだったら音楽の才能あるわ、吹奏楽部に入らない?」
まさにこれが私の最初のハッピーチャーンス

今思うと、今の自分があるのは全ては中学の音楽の先生のこの一言がきっかけでした。
そしていつしか将来は作曲家かシンガーソングライターになりたい
と思うようになったのです。
と思うようになったのです。ここで私が是非皆さんに伝えたいのは、自分の心の声に素直になって本当にやりたいと思った事をやっていくのがハッピーになれる第一歩だということです。
ただハッピーは一筋縄ではやって来ませんでした。
その後吹奏楽部に入った私はパーカッション(打楽器)に配属されました。
何でもシンバルをやる人が一人足りないせいでコンクールに出れないと言うのです。
有無を言わさずシンバルをやる事になった私は一年生では2人しか出れなかったコンクールに出れることになりました。
ただその頃の先輩は怖くて、楽譜を目で追えずシンバルを叩く所で入り損ねたりするとめちゃめちゃ怒られました。
先輩は大嫌いでしたが、コンクールに出れるならと頑張って続け、結局1年間はシンバルだけをやって終わりました。
今思うとシンバルは重くて腕が筋肉痛になるし、やりがいのある楽器でもないし、こんな私が良く我慢したなぁと思います笑
でも卓球部に戻って走らされて玉拾いするよりはマシだと思ったのです笑笑
そして何より私は音楽が好きだったので、いつか好きな曲を好きな楽器で演奏出来る日が来るかも知れないと思ったのも続けられた理由のひとつです。
そうして2年生になった時に、今度はそれまで吹奏楽部になかったティンパニが導入され、先輩も誰も演奏した事がなかった楽器なので私がやる事になりました。
演奏の仕方を誰も教えてくれないので苦労しましたが、これまた1年間ティンパニばかりやって終わりました。
それまでは大して楽しくなかった吹奏楽でしたが、先輩が卒業して自分が3年生になった時に大きく様変わりしました。
打楽器の花形と言えばスネアドラム(小太鼓)で、普通一番上手な上級生が演奏する楽器なのですが、私はそれまでシンバルとティンパニしかやった事がなかったので、せっかくスネアをやれる機会が回って来たのに上手く演奏出来ませんでした。
でも毎日やっているうちに、ある日突然コツをつかんで演奏出来るようになり、それからというものは部活が楽しくて楽しくて❗️
出来るようになると入って来た後輩にも自信を持って教えられるし、水を得た魚状態になった私は部活ではかなり積極的になり、それまで人見知りだった私が後輩から慕われるまでになりました。
また部活以外でも音楽の先生に気に入られ、たまたま同学年でピアノを習っている子が一人もいなかったため(どんだけ田舎なんだか笑)、学校の合唱コンクールや入学式・卒業式に学年代表でピアノを弾いてと言われ、また自作の曲を使ってもらったりもしました。
ピアノは習わせてもらえなかったので完全に独学です。
しかも家にはピアノはおろか、貧乏な家でオルガンすら買ってもらえなかったので、家でピアニカで片手ずつ練習して学校に行って初めてピアノで両手を合わせて弾く練習をするという毎日でした。
今思うとこの経験が良かったのだと思います。
何不自由ない生活でピアノも買ってもらえて習わせてもらっていたら、こんなに音楽が好きになっていなかったかも知れません。
思い通りに出来ない環境だったからこそ、ピアノを弾けることの喜びが大きくて、音楽がどんどん好きになっていったのだと思います。
おっと、ハッピーになれるコツを書こうと思ったのですが長くなってしまいました

昔のことを書き出したら何だか止まらなくなってしまいました笑
ハッピーになれるコツを書くと言ってなかなか書かないのは「書く書く詐欺」ですね笑笑
続きはまた次回に書こうと思います。
では今日のまとめを。
ハッピーになれる第一歩は
自分の心の声に素直になって
自分の本当にやりたいと思うことをする!
私が子供の頃は、大人になって髭男と言うバンドに出逢って幸せを掴むなんて想像も出来ませんでした。
でも今振り返ると過去の出来事は全て今に繋がっていると思えます。
私にそう思わせてくれた曲は髭男の
「Universe」です。
この曲はドラえもんの映画のテーマソングなのですが、この曲を聴くとボーカルの藤原聡、さとっちゃんがドラえもんになって、のび太 = 子供の頃の私 にこう語りかけてくれているような気がするのです。
あなたはそのままでいいんだよ。
自分を信じて自分が思うように生きていいんだよ。
これから色んな経験をして辛い事も沢山あるかも知れないけど、大丈夫!
将来は間違いなく幸せになれるから‼︎
今日は仕事の研修でした。
研修帰りに東京西川のキャンペーンをやっている布団屋さんに寄って結弦くんのクリファファイルを頂いて来ました

研修では情報を詰め込まれ知恵熱が出そうでしたが、今やる気がメラメラと湧いています❗️
今日も私はハッピーです

どうぞ皆さんもハッピーになれますように

見ていただきありがとうございます



