この世には、不安というのは、ある。
しょうがない。

で、あってもいい。


よく考えたら、あるいは

人によっては当たり前のことなのかもしれないけれど、

私にはわからなかったし

周りの誰も教えてはくれなかった。

だから自分で考えた。


知らなかったとはいえ、

私が考えて思い付けるくらいのことは、他の人もわかることだろうし

意識して覚えていないだけで

いつかいつのまにか、どこかで誰かから聞いたことなのかもしれない。だから思いつけるのかもしれない。

でも、わからなかったとき、とても苦しく、不安で、途方に暮れたから

誰に相談したらいいかもわからない、とてつもない孤独感と不安に苛まれたから

そんな人が他にもしかして居たら、役に立てるから

ここに書いておきます。

見えないもの、私達を上から見守る高次の何者かよ、

誰か困っている人がもしあったなら

どうかこの文章を、その人に知らせてください、使ってください。


☆~☆~☆~☆~☆


不安なことがあったとしたら

まずは冷静に、現実的にできることは何かを考え、あれば対処して

どうすることも今は出来ない・手は尽くしたと思えば、あとは天に任せて気楽に心配しないでおく他無い。

この、前者をすっ飛ばして、何にもしないくせに気楽でのほほんとしているのはどうかと思う。

気楽でいればその気分が気楽な現実を引き寄せるとか言うけれど、そんなことを言う端から、どこか心の片隅で「本当だろうか?」一抹の不安を微かにでも抱くのであれば、その気持ちには根拠があるからで、その根拠を無視すれば、世界はちゃんとその「微かな不安」をちゃんと拾い、それに即した現実を持ってくる。

「自分の微細な気持ちも隅々までちゃんと見なさいよ」と、教えてくれるように計らう。


上手くいかないことだってある。

それはあっていいし、あっても仕方ないこと。

上手くいかないからって、別に自分の成績だとか、自分にバツがつけられるとか、存在価値が下がる訳ではない。
この三次元の世界ではそうかもしれないけれど、そういうルールを設けている集団もあるかもしれないけれど、それはその人たちがそう決めているだけであって、その集団に属さないと命を繋げないのなら気にはなるかもしれないが、だとしても、それは宇宙の絶対の真理ではない。その集団の取り決めである。

上手くいかなきゃいけないと思っているから問題になる(自ら問題としている)。

上手くいかないこと、思い通りにならないことだってあるということも、受け入れなければならない。

不安には対処する。

対処しようのない不安は、受け入れて眺めて、でも気に病まないこと。

不安があっても、

やるべきことはやって、

やるべきこととは、
食って、寝て、風呂入って、掃除して、仕事に行って必要な金を稼いで、人と話してやり取りして影響しあって感じあって心を育てて。そういうことだ。

日々、そうしていけば、それでいい。

生きてる間に、いろんなことを、感じて、心を動かしていけば、それでいい。

朝起きて、1日を働いて、いろんなことを感じて、生活して、夜は感謝して寝る。

この世の、1日、1日を、そうして、経験を積み重ねていけば、それでいい。

魂は、それを経験しに来たのだから。


どんなふうに生きても、いつか必ず死ぬ。


せっかく来た、この世に居る間の時間を

いちいち良い悪いに分類して気分を左右されないで

一個ずつ大切に、真摯に、味わおう。

それでも、日々を耐えるのが辛ければ、

神様は、地球上に、草や何かから薬を作って飲む知恵を、緊急対処法の智恵を、ちゃんとサポートに与えてくださっている。

呼吸や水や自然の気でもいい、運動でもいい、人の愛や動物の温もりや言葉でも良いのだけれど、

しかしそれでは感じにくいくらい鈍ってしまった人、や、孤独に陥りやすい現代のライフスタイルの中、

何かが悪いわけでもない、仕方ないことってある、たまたま家族がいない境遇になる場合だってある。それは卑下することではない、機能不全と一概に片付けても仕舞えない。災害に会う場合だってあるし、いろいろ、しょうがないんだ。

肉体の機能として(ホルモンや神経伝達物質の出方など)何かある人には、物質の作用として、植物のエキスから薬を作る方法が与えられている。(詳しくは医療機関に聞いて)

そういうものでまずはとりあえず、落ち着きを取り戻したら

日々の日常を、作業していくことに

また再び、没頭したらいい。


究極のところ、負けたって、死んだって、しょうがないんだ。絶対負けちゃダメとか、死んじゃダメとか、そう思うから追い詰められる。

ただ、なるべくそうならないように努力はしないと、生き延びようとはしないと、この世の土俵にも上がらないから、それじゃあ話(魂の旅のストーリー)が進まないから、本能として「生きたい」が備わっているので、それは無視しないがいい(お話が進まないからね)。

でも、絶対に死んじゃいけないなんてことはない。いつか必ず死ぬし、死は悪いことじゃない。(終わった人ははけてはけて。邪魔とかじゃなく、自分自身にも次があるんだから。)

死のことや、死んだあとのことは、死ぬときに考えればいい。

今は生きてるんだから、生きていることを考えよう。

まだ起きていないことを「起こったらどうしよう」「〇〇とならないためには」と思わないことだ。

そう思う時点で「〇〇」に照準を合わせて呼んでるようなものだから。


大切なことをもう一度。

とにかくここを忘れずに行こう。



不安には対処する。

対処しようのない不安は、受け入れて眺めて、でも気に病まないこと。


不安があっても、

やるべきことはやって、

やるべきこととは
食って、寝て、風呂入って、掃除して、仕事に行って必要な金を稼いで、人と話してやり取りして影響しあって感じあって心を育てて。そういうことだ。

日々、そうしていけば、それでいい。

生きてる間に、いろんなことを、感じて、心を動かしていけば、それでいい。

朝起きて、1日を働いて、いろんなことを感じて、生活して、夜は感謝して寝る。

この世の、1日、1日を、そうして、経験を積み重ねていけば、それでいい。

魂は、それを経験しに来たのだから。