「わからない人に何言ったってわからない」という悲しさ
(わからせたいのに通じないという悲しさではなく、何故だろうという不思議さと、見えないベールで分かたれてしまった寂しさ、孤独感)

言葉にしたとたんに誤解を生じる虚しさ

言葉でも体(仕草、表情、存在、「体である」ことの表現全て)でも、表現したとたんに誤解になるのなら、もはや何も表現したくない、関わりたくない、関われない

物言わぬ動植物や、機械や、見えない存在たち、自然の者たちのように、空気だけ、在り様(ありよう)だけ、テレパシー、雰囲気だけに

ほんとうに徹するのが

安全で正確で真実で本当で、調和した姿なのではないかと


そういう思いと、



まだそれを諦めない思い

なんとか工夫したら
いつか、体や言葉があっても通じるんじゃないだろうかと

人間の持つ言葉って、本来のその良いところは、一体なんだったのか、ちょうどよいほどよい使い方とは、どんな塩梅なのか

それを模索し、諦めないでチャレンジする思い


そういう思いとの


間(はざま)にある。


けれども、正直、後者の方は、思っただけでげんなりする。

直感だけだったら、魂だけだったら

絶対選ばない感じだ。


もうほんとうに

終わりなんだろうか

完全に

手放すんだろうか

嫌でも

HAPPYちゃんは偉かったな

本物だな

最後まで

自分に(自分の魂に)正直だった


もう


自分の意思に

委ねてはならないな


真理は、遠くの宇宙にあるんじゃない

宇宙の中心なんて言うけど

それは自分の中にあるんだ。

結局は

小さな自分に

還っていくだけ。