フフフフ
卒業したOGがさっそく里帰りだよ(笑)
いろいろなものを手放してすっきり
余計なものを悉く削ぎ落として
自分に還る時間をたっぷり持てて
更により、すっきり透明に。
より神と繋がる道を透き透きのツーカーにしつつある
ヒロコです
(「ヒロシです」みたいだw あれ面白かったなあ…)
透明になると
スピードがものすごくアップ。
更に言葉にできない(言葉なんかではとても表現が追いつかない)ことが増えてしまいましたが
大事なことだけ。
(それでも多くなる)
なるべく、削ぎ落とした表現をするので
もしわかりにくかったらごめんなさい。
☆
昨日、はせくらみゆきさんに、いいことを聞きました。
「使命は氏名」
その人の持つ、その人に自然に付いた「氏名」
音は音魂。波動。
日本語は一音一音なのでわかりやすいが、一音一音に「波動」がある。
オラクルカードに似てますよね。
マニュアルで「これはこういう意味!」っと限定されているのでなく、「こういうエネルギーを現している」というかんじで、言葉の意味、マニュアルでは説明できない。どばっと、モサッと、ざばっと、汲んで感じる、その、やむを得ずまとめたものが「言葉」となってしまうのであって。
前にいつか書いたけど。音魂。
リエラもいいけど
私が生まれたときにすんなり自然に付いた
「ひろこ」を
大切にしたいと思います。
(「リエラ」は私のガイドの龍の名前なんだ。お借りしていましたが、あの子(龍のリエラちゃん。ジュリアという子供も産まれた(笑)その話はまたいつか。)にお返しします。)
「ヒ」広めて、「ロ」転じて(人の変化のきっかけとなることを)、「コ」形にする固める、
それが私の「ひろこ」のエネルギー。
(※私の「ひろこ」の場合であって、全てのヒロコさんがこうとは限りません!盛大なるご注意を!)
私の、結構主な特徴だった、「完璧主義」も手放したんだ。
すると内側からこんな声が聞こえてきた。
「完璧主義を手放したんなら、『卒業したんだからもう絶対一切ブログは書かないぞ!』なんて、覚悟みたいな重くて固いのも要らないぜ?」
なので、今までほどにはないにしろ、てきとーに、これはというときはシェアします🍀
それを共鳴して後押しする言葉にも昨日出会ったのと、
一個、ちょっと不思議な体験があって(この記事の最後に書いてます)
やはり私にとって、たまには人に「シェアをする」ということは、使命…いやそんな大それたのではないにしろ、「プチ・使命」くらい(笑)、では、あるのかもしれないな、と思いました。
昨日。3/10。
日比谷コンベンションホールにて
『シンギングリーンプロジェクト』参加してきました。
東日本大震災の津波で木々をすっかり失い塩の大地と化してしまった土地に再び緑を植えていこうという取り組みをされています。
最初は塩で根付かないけれど、第一陣、第二陣の緑が枯れても、それが大地に還ることでだんだん有機質の柔らかさが大地に芽生え
やがて塩も緩和され緑(グリーン)が根付くのです。
昨日はそのための、チャリティー講演会でもありました。
登壇者は
①シンギングリンの開発者・和真音さん、
②翻訳家・山川亜希子さん、
③胎内記憶研究の産婦人科医・池川明先生、
④日本資本主義の父、渋沢栄一のお孫さんで、エッセイストとして活躍する97歳の素敵なおばあちゃま💟鮫島純子さん
⑤不食の弁護士・秋山佳胤先生、
⑥はせくらみゆきさん
紘矢さんは、インドから帰国直後の昨日、亜希子さん曰く「知恵熱」だそうでご欠席ww(笑っちゃいけませんが、なんか、愛しくて微笑ましい(人´∀`*)💕)
今日、ブログ卒業生として里帰りしてでも書こうと思ったのは、昨日お聞きした中の、次の三点を共有したかったからでした。
①3.11のことと戦争について
②3つの「共」
③テレパシーのこと
まず②について。
はせくらみゆきさんからの言葉です。
「今、3つの共が大切です。共感、共鳴(共時性、シンクロニシティ)、共有です。」
私は、共感はよくする。共鳴(同じことが同時多発的に起こること。シンクロニシティ。共時性。)これもよく体験してる。しかし、この三つ目の「共有」について、考えてしまいました。出来てないな、と。
ブログもやめたばっかりだったし
ちょっとだけ「うーんいいとは思うんだけど、単に今必要だから経験してるだけな気がする。これが真理というわけではない気がする。」とは、薄々感じてはいたのでした。だから「OGは時々帰ってくるよ」と前回書いていたのでした。「神様との道をツーカーにしておくために、余計なものを削ぎ落として自分をクリアーにすっきりしておくことは大事だ。でも、一人で全部わかっても、それをここで、私の所で留めてどうする?」それはちょっと思ってはいたので、はせくらみゆきさんの言葉には、やけに反応しましたね。
ブログを離れたのは、余計なものを省いてよりクリアーになるための通過儀礼だったのだなと思いました。
よりクリアーになっておいた上で、「これは共有したらワクワクするなあ」ということは、神に委ねて、私の手を神様にお使い頂いて、書いて行きたいと思います。
自分のエゴで書きたいことではなく、構ってほしいから、なんとなく寂しいから、ブログで遊ぼ、みたいなんじゃなく、また、「人のために」書くんじゃなく、神様と一体化しておきながらフーッとなんとなくワクワクしたときに、フラーっと書く、みたいな。(可笑しい表現かもしれないけれど、そうなのです。)
そうできたらいいなぁ。
共感、共時性(共鳴)、共有。
「共有」を、取り入れます。
お次に①について。
これは97歳の鮫島純子さんのお言葉です。
(かいつまんで要約です)
「明日(今日)は3.11東日本大震災から丸8年ですが、この中で、戦争の時に大人だった人は居られますか?あまり居られないですね。私は大人で戦争を迎えた者なのですが、その立場で正直に素直に言わせて頂くと、あの日ニュースを見て、大変なことが起きたんだなと、同情ももちろんしましたが、あれは日本の一部で起きたことだったから、他に無事な場所がまだあったから、他から救援が行きましたよね。でも、戦争の時は、もう日本中全部が大変だったから、どこからも救援は来なかった。震災は酷いな大変だなとは思ったけれど、戦争に比べたらまだ…と思ったのです。震災でもあんなに大変と思ったのだから、戦争なんて本当にもってのほかなのです。絶対に戦争は起こしてはならないと、私なんかが今さら小さく反対してもとも思われるかもしれないけれど、本当にしてはならないと思うのです。」
聞いて私は思いました。体験した方の正直な思いほど、強いことはないなと。
震災でさえ、皆こんなに悼んで、二度とあってほしくないと思うのに、それよりも遥かにひどい戦争は、場合によっては起こしてもいいと(仕方がないんじゃないかと)言う人が世界にはいるということは、実に奇妙なことです。
③については、Facebookに書いた記事をまんま転載します
加速して思うのよ。
これからはほんとうに、テレパシーの時代よ。ブログや文字や言葉で説明しなくても、私が思えば、私がそのように在れば、それが世界に伝わる。天使や見えないもの達や風や植物や動物達や物達、言葉を持たない者たち、見えないもの達も、ちゃんと必要なときに必要なことを伝えてくれた。同じことがもうすぐに、いえもう既に、私達生きている人間達の間にも、起こっている。まだまだ浸透してはいないけど、確実にそれは起こっていると、わたしは感じている。だから、在り様(ありよう)を、本気で整えようと思う。書くことや、人様をなんとか導こうなんておこがましいことに、時間は割けない。(役割なんだったらやればいい。って言うか、役割は先に決めるものでも見つけるものでもないと思う。はっと気がついたらやってしまったことが、振り向いたら結果、役割だった、ということなんだと思う。)
雰囲気も波動。波動はテレパシー。
以上のように思っているけれど
今はまだ過渡期だし
私だって、いろんな方に、先輩方に、周りの共にある方々に、その方々が意識しようとしまいと、自然に教えてもらってきて、ここまで気づかせて頂いて来たのだから、過渡期は皆で渡ればいいかと、今少し、出来るところだけ、負荷の無いところで、①で言われる「共有」を大切にしてみようかな、なんて。時々、ね。
ありがとうございます。
特に。
昨日、日比谷の会場で偶然私に声をかけてくださった、見知らぬ女性の方。
お名前も伺わなかったし、先方様も私のことは知らないし、このブログもご存じないと思うけれど、いつかどこかでお会いできたらとても嬉しいなぁ。
昨日、講演会の合間の、2回目の休憩時間、私は腰が痛くて、後ろの通路の手すりに寄りかかって腰を伸ばしながら、会場全体を何となく眺めてぼーっとしていました。面白いなー、いろんな人いるなー、ぼけー… みたいな。リラックスして気分がよかった。
そこへふと、右側から、小さな一人の女性の方が、声をかけて来られました。
「あの、すみません、私今日楽しみにして来たのに遅れてしまって、たった今着いたので、どなたのお話もまだ聞けていないのです。どんなお話だったか、かいつまんで教えて頂けませんか?」と、半べそに近い感じで…。
私は、はいはい、それは誠にお気の毒に、せっかく来たのにかわいそうに、と思い、スラスラ説明し始めましたが、よく考えてみたら、すごいこと聞くなぁ、と、後で思いました(笑)。
始まって既に2時間経過した、所謂大御所(?)の先生方の、1人20分の濃ゆーいお話を、短時間にこの方に要約して伝えてくれと!
しかし、その時の私は何ンにも考えていなくて、ただせっかく来たのにかわいそうじゃん、だけで、しかもまぁまあうまく要点だけ説明出来てしまったのでした。聞いてくださったそのかたは、「わあすごくわかりやすくお話くださって、ありがとうございましたー」と、喜んでくださいました。しかし私は、その言葉でようやくはっと我に返ったくらいでした。えっ?私、説明出来たんだ?と、静かに驚きました。
ああ、私は、わかりにくいことかもしれないことを、人にわかりやすく解説して伝えることが出来るんだ、と、気がつきました。(はあ?おせーよ(笑)、と言う人が居るのかもしれませんが、知らなかった。みんな出来るんだと思っていた。あるいは、なんで出来ないんだろう?くらいに思っていた。特別なことだとは思っていなかった。)
私は共有ということができない、自己紹介もろくにできない、ブログもやめた、言いたくない、言えない、書けない、…なんて、思ったはずなのに。「どこが?」自分で馬鹿みたいに思って、更に気楽になって可笑しくて笑いました。
そしてその方に、自分は今そういう状態だったのを、あなたが教えて気づかせてくれました、よくぞ見も知らぬ私にお尋ねくださいました、と、お礼を言いました。(よっぽど聞き逃して悲しかったのだろうな。はせくらみゆきさんのファンでいらしたそうで、その方の「みゆきさん、他には、なにかおっしゃってませんでした?」という、再三の促しがなければ、私は上記②の3つの共の話、特に「共有」についての話を、思い出すことはありませんでした。一番大事なことって、印象付けさせるために、一旦忘れて思い出せない、ということもよくあるようです。)
これが冒頭に書いた「ちょっと不思議なこと」でした。シンクロニシティとも言うのかもしれません。
卒業宣言から日も浅いことで、お言葉を下さった皆様には若干恐縮でしたが(笑)、
「母校に遊びに来た投稿」と
ご笑読頂けましたらば幸いです(^-^)/
ありがとうございました💚🍀
