今さっき、お風呂に入っていて、何故か急に思い出した。
うちの小学校は、1学年に、40人のクラスが3クラスと決まっていた。その1学年に、直子が5人いた。そしてある1クラスにマサノブが4人いた。懐かしい。
そのマサノブの一人が、先生に指されると何故か必ず(起立しながらシィーッと歯の間から吸い込むような音を立てて間を取ってから)「…いやね。」と前置きしてから答えるのだった。
何を聞かれても必ずその前置きをやってから答える。小太りで、片足に体重をかけて、重心を移動しながらそれを言う。父さんみたいですごく面白くて、子供心に「あれはなんだろう?あの子のお父さんの口癖なんだろうか?無意識に真似をしているんだろうか?」と、とても気になった。小学校の2年生の時だった。
そういえばこの「ミミック前置き」のエピソード、たまーに、10年に一回くらい、思い出すんだな。10年に一回くらいというのは概算で、前にも1~2回、思い出したことがあるな。
彼は今ごろ、一体どこでどうしているのだろう?
本当にもっと太って貫禄ついて立派なお父さんになって、偉くなって社長さんとかになって、会議や式場やなにかで
「(シィーッ)…… いやね。」
っと言ってるんだろうか。
リアル「いやね。」
聞いてみたいな。
懐かしさと親しみと共に
クスッ❤️( *´艸`)とするだろうな。
実は、こんなに面白かったのに、当時誰にもこの話をしなかった。
皆も先生も、きっとあの妙な癖には気づいていたはずと思うのだけど、誰もその事について事挙げも指摘もしなかった。なんだかんだ言っても、あの「いやね。のマサノブ」は立派で、なんとなく貫禄があって、勉強もできたし、でも走るのは遅くて、顔もモテ顔ではなくm(_ _)m、目立ちはしなかったけれど、どこか一目置かれているところがあった。
そんな彼に、そんな些細なことで、いちいち指摘する必要も人もなかったのだろう。
しかし
悪意も無ければ好意も無いが、
その些細な癖のおかげで
私は今でも
あのマサノブ君を覚えている。
なぜだか知らないし、何のベネフィットもないけれど、印象に残っている。
あれ?
なんで、こんなことを思い出して、しかもここに書いているんだろう?
人間観察って面白いって、言いたいんだろうか。いやそうじゃないな。
こんなに脈絡が無いのに思い出すなんて、
もし、いつか私が最期いよいよあの世へ行く瞬間が迫ったとき、ふいにこんなことを思い付いてしまうなんていう、可能性も無きにしもあらずってこと!?
いやだな(笑)
もったいないな。(笑)
貴重な最期のクライマックス?の瞬間なのに、「…いやね。」(あいつなんであんなだったんだろう…?)なんて思ってしまいながら、過ごしてしまうのは。
それとも、これは何かのきっかけ、キーワード、メッセージのとっかかりなのかしら?
ずっと忘れている、昭和のある日の、ほんの些細なヒトコマ。
彼とはそんなに特別な友達だった訳でもない。
もしも万が一同窓会があって再会したとしても、絶対に覚えていないだろう。話しても向こうはたぶん思い出せないだろう。私が誰だか、一致しないだろう。
それでも、彼にも、人生があったはずだ。
ホロスコープに書かれていた、
神様と約束してきた、
自分の魂がそれを選んできた、
人生のブループリントが。
小学校低学年で、先生に指されたら「…いやね。」って言う、って、そしてそれをこの私にずっと覚えられている、って、
彼の魂の脚本に、書かれていたんだろう(笑)
皆様、長らくのお付き合い、誠にあいすみません。
それぞれの夜。
楽しんでお過ごし下さいませ。🍀💚🌕







