ちょっと、ふと思うところがあったので、

この話はせずに終わろうと思っていたのですが、やっぱりシェアすることにしました。

少々長くなりますが、お付き合い頂けますと幸いです。
(いつもありがとうございます🌷)




少し前に、こんなことがありました。



ある場所で、私がちょっと発表する場があり、
観じたことを話しました。



君が代を歌いながら沈んでいった魂達

さざれ石の巌(いわお)となりて 苔の蒸すまで

シェイプシフター(自由にその姿を変えられる)でもあった、その文明の人たちは

訳あって自ら大陸ごと沈んでしまうことを選択したとき

地球の鉱物、岩石や水晶に姿を変えて(さざれ石の巌となりて)、幾年も何万年でもずっと機会を様子を伺いながら、安全な姿をとって待ち続け(苔の蒸すまで)、いつかその時が来たら、また皆できっと一緒に会いましょうね、と約束して

各々海に沈んでいった


そういうものが見えたと、話をしました。

これはレムリアの時代の最期の記憶と感じていたのですが、

それを話したとき、その場にはレムリアの話を知らない人もいたので、いきなり古代文明のレムリアがどうのこうの言うとおかしいかなと考えて、「これはレムリアの時のビジョンです」とは敢えて言わずに終わりました。

すると、その会の後で、食事会になり、私が失礼して先に帰ろうとすると、ある一人の方に呼び止められました。

その方は「さっきの貴女のビジョンのお話で、どうしてもお伝えしたいと思ったことがあったのです」と前置きし、

私の前世に、日本の海軍の兵士だったことがあり、その人が軍艦ごと沈んでいくときの悲しみの記憶が癒されるべく浮上したのだと感じました、と教えてくれました。

その方とは、その日初めてお会いして、よく存じ上げませんでしたが、食事会の間にお話を伺い、とても直観に従う覚悟をされている素直で勇気のある方なんだな、ということはよくわかりました。瞑想も長い間されてきて、意識のクリアーな方であることもよくわかりました。

ただ、これは私の「恐れ」の部分でもあるのですが、

意識がクリアーだということと

この世での礼儀が出来ているかとか、人としての振る舞いが気持ち良いかどうか、人に不快感や不信感を与えて嫌な気持ちにさせないかどうかとは、別の話だと思っているところがあって(この批判的な気分は私の「恐れ」の為せる業です。磨いて手放すとまた違うのかもしれません)、

(ここから数行、ちょっときつい言葉が続きますが、後に述べますがこれ理由があって敢えて素直に吐露しています。申し訳ございませんが暫しご容赦下さい。もしくは少しスクロールして下の方へ(🌼マークまで)飛ばしてください。)

よくある、スピリチュアルオタクは嫌いなのです。

ちょっとわかるからって、すぐに頼まれてもいないのに口に出す慎重さの無さとか、よく知りもしない信頼関係も結べていない相手に向かっていきなり無礼であるとか、

くだらないことでシンクロだとかいって大盛り上がりするとか(そんなことは今さら当たり前じゃ、騒ぐことなんかではない、っと思ってしまう)、

自分がいかに不思議な体験をしたか、自慢のように、妙な抑揚をつけて、要らぬ時間を費やしながら長々と語るとか

すんげー嫌いで🔥めちゃめちゃ馬鹿にしてしまいます。

中でも、訊かれてもいないことを勝手にペラペラ告げてきたり、なんならそこから「治して差し上げましょう」的な余計なお節介とか

もう反吐どころか

血の気も、言葉さえ失って、倒れそうになります。


🌼 ハイ終了!)
スクロールここまでm(_ _)m


ところで、ね。
皆様大変失礼いたしました。
おわかりでしょう?
素直に書いてみましたが、上の文章のテンション、怒り具合、おかしいでしょう?
異様ですよね。

自分で書いて思いますが、すごい反応でしょう?

この「すごい、異様に反応する」「異様に怒る」とか、激情みたいに出てくること

これが、「不要になっているエネルギー」の現れた特徴であり、進化のために重要なキーポイントになるのです。

これが何なのかを、見つめて見つめて、見破ることがポイントです。

それまでの私だったら、せっかく「いい人かな、お友達になれるかな?」っと思ったとしても、これをやられた途端に、一気にバッサリ容赦なく切り捨てていたものでしたが

(月星座蟹座は「“コイツは仲間ではない”と判断したときのハブり方がハンパナイ」のだそうです(爆)。これほんとその通りで、聞いたとき自分で思い当たりすぎて、この表現が言い得て妙過ぎて、大爆笑しました)、

今回は、

いろいろ学びを経た後で、

「異様な反応は浄化と進歩のチャンス」だということを、瞬間湯沸し器にならずにちゃんと思い出せたので、

「待てよ」と、一回受け止めることが出来ました。


それを告げて下さった方を、私の信念に基づいてジャッジして切り捨てずに、

「この人はクリアーな行動しかしない域に達している人(さっき自分ではっきりそう感じた)なのに、なぜ私にこれを言った?」

いえ、もうひとつ踏み込んで

「この人は」ではなく、自分の中心に目を向け

「なぜ私はこれを言われる羽目になっているのか?」

「これを言われる私の中に、どんなエネルギーが在るのか?」

そこを、冷静に見ることに成功しました。


その日はとりあえず、「そういうこともありますね。ありがとうございます」とやんわりお礼を言って、御暇致しました。

(どう伝わったかわかりませんが、敏感な方だったから、もしかしたら私の微かな苛立ちの残りをキャッチされて「うっ、ごめんなさい…」って一瞬なったかもしれないけれど、何故か「うん、わかります、ごめんなさい、でも。」って感じがしたのです。何かよほど、ピンと、ご本人がわかっていたかどうかは差し置いて、「それでも伝える感じがすんの」っという芯の通ったものをうっすら感じました。非礼をわかっているならまあ勘弁します、わからないで能天気にやったんならお灸を据えます、ってテンションまでは、咄嗟のことでもあり、私自身あの場では捨て切れなかったかもしれませんwwフハハハハごめんよー☆(^o^)ノ)

↑ほら、こうやって、異様に言い訳(反応)するのも、信号です。


詳しく書くと長くなるので、すごく平たく結論だけ言いますと、

今回の一連の出来事の中で登場した、私の「強い反応」たちの正体は

「恐れ」と「悲しみ」です。

あまりにも平たく言い過ぎて、ありきたり過ぎてつまんないのですが(笑)、そういうことです。

詳しく言えば、いろんなもの(エネルギー)のブレンドです。

主成分に至るまで、何のエネルギーが、どのくらいどのようにブレンドされて絡んでいるのかを、

見つめて見つめて感じて感じて

見破るのです。

見破ったら、イメージとして手のひらに吐き出すと、色彩と形と感触や質量などで、ビジョンのように感じることができました。(私はたまたま色彩と形に敏感な人だからです。コチラを参照→前の記事★★★『スピリットダンス・私の場合②』

これが、「不要になったエネルギー」です。

イメージとして目に見えるかのように意識します。見えなくても良いのです、自分の得意な方法で、なるべく具体的に、「どんなエネルギーか」つまり「どんな気持ちか」を、感じてみるのです。

感じるということは、そのエネルギーちゃんに、目を向ける、そいつの話を、そいつの言い分を、耳を傾けて聞いてやることなわけです。

事故やトラブルなんか巻き込まれるとそうですが

こっちの言い分を聞いてもらえないと、すごく腹立ちますよね。主張したくなりますよね、できるできないはともかくとして。

で、聞いてもらうために、何とか伝えるために、頑張ろうとするのですが、でも手段がわからない人は、とりあえず暴れてみたりします。

昔の不良とか、今だって、デリケートな話題かもしれませんが、コミュニケーションに障害だなんて言うとまるで何か他人ごとのせいにしているみたいですが、平たくいえば「国語ができない」「読み書きや言葉の教育が足りない」だけだったりします、言葉で伝えることに不自由さを感じている人は、他の手段を取るということです。(ほんとうは今日日、いえこれからの時代、テレパシーが当たり前になりますから、言葉になんか限界があることなんかもうみんな薄々わかってきていますから、学校で国語ができないとか気にしなくって大丈夫です☆みんなアーティストでサイキックになっていきますから、自由にしていたらいいんです♪)

話が逸れましたが、

こうして見つけた「もはや自分には合わなくなった不要になったエネルギー」を、

「意識してやり」(手のひらに取り出して感じただけでもう言い分を聞いてあげたことに、目を向けて見てやったことになっていますから、もうあんまりダラダラと長々と構わなくていい)、

感謝を捧げ

「ああそう。そういうふうに感じていたのね、それがあなたの言い分だったのね。でもね、あなたが居てくれたからこそ、私は生きてこられたのよ、いろんな体験、私に必要な体験ができて、学べたのだよ。あなたが居たからだよ。○○○のエネルギーさん。ありがとうね。さあ、でも、もう、私にはあなたは必要なくなった。役割を果たしてくれたから、これでさよならだ。今までありがとう。宇宙へ、天国へ、愛の国へ、あなたの故郷へ、お帰り!!」

そう言って、放ってやります。

( ´ ▽ ` )ノ~~


とてもすっきりします。



(この方法、私が考えたんじゃありません。
なのでこれ以上詳しくは書けません。やってみた実際の感覚は、ここに書いた感謝の言葉、放つための、あくまでも自分の心の中での呪文というか、感覚を表す表現は、私の言葉ですが、メソッドは師匠の受け売りです。なので崇拝したり、詳しく詰めないでください。きっとあなたも近くに出会います、相応しいご自分の師匠に。そちらへよろしく悪しからず、です。)


今回は、この初対面の方と私との「魂のコラボ寸劇」によって、「自分に合わなくなった要らなくなったエネルギーを手放す」という過程(つまり自分のエネルギーの浄化)を、よりリアルに体験させていただくことができました。

ところがこれに、発展の後日談があります。

ひとつ何かすると、芋蔓式に、他の周りのことまで浄化されていくみたいです。

次にはそれを書き留めようと思います。


さあ、

☆皆様の「やけに強烈に反応しちゃうこと」は、何ですか?☆

それ、浄化の扉ですので、大切に丁寧に子細に、見つめてあげてみてくださいね❤️

正体なんか、よくわからなくってもいいのです。

何かあるな、っと

気づいて意識を向けるだけでも、全然違います。  

あちら(エネルギーさん)も生き物なので、
こちらの意識がひとつ変わると、それがわかって、あちらも反応して、
向こうから次の手を繰り出してきます。

新しい展開が来ます。

従って行くと、いずれ必ず扉に辿り着きます。

そうしたら、感謝してサヨナラ、です。👍


今日も長々とありがとうございました。

Be Happy🐝🐿️