ライアーハープというものがあります。

知り合いに何名か持っている人が居て、美しい音色を聴いたことがあります。

自分で木を掘って作れるそうで、本格的な楽器としてのものもあるようですが、楽器としてというよりも、ヒーリングの音を奏でるものとしての意味合いが大きいのかな?

その辺も含めて、いつかちゃんと学ばせて頂き、自分でも作りたいなと夢を持っており、そのために、こちらのブログをフォローさせて頂いて居ります💚

今日は、ジンと来ちゃった💐

愛する人を、待って待って待って、会えないと知って(死んだと知って)絶望する、っということは、人がこの世に体を持って生きてきた永い永い間に、たしかにたくさんあったでしょう。今もあるでしょう。


でも

死って何でしょうか?


現に今ここを読んでいる私たちは、今のところ今生では死んだことがありませんから、死ってどんなものかは実際にはわかりません。

(過去には何度も死んだことがあり、生まれ変わって来ているはずですが、そのことはすっかり忘れてしまっています。)


何をどう考えるか

宇宙やら死やら

見えないものに限らず、見えるものでさえも、

何かを「どう捉えるか?」って、

ほんとうに「捉え方次第」で

どう捉えてもよくて

どれも正解不正解はなく

答えなんて正解なんてそれさえ

誰か一人の威張った権威の人の捉え方を通そうとしているだけの話で

絶体の真理だなんて

決して言うことも証明することもできません。

矛盾、アイロニーですが

今私が書いているこれだってそうです(笑)

とにかく「自由」なのです。

捉え方って、千差万別、万人の自由なのです。


私の願いは

私の祈りは

この世に生きている私達が
死を恐れないようになること。

死を悪として誤解しないこと

死んでも魂は離れない(くっついているという訳でもない、自他の区別がまず無い、全部ひとつながりなのだということ)、愛する人の魂はいつも共にあるのだということを確信し、

必要以上に悲しみに囚われてしまわないようになること。

それを広めたい、広く知らしめたいという願いが私にあるから、その一貫として、意識はしていなかったけれど自然に、ライアーハープを作りたい(しかもこのリブログした記事のとおり、待った悲しみの魂を待ち人と一緒だよと安心させて癒して宇宙に還した、AKASHAさんのもとで)…と、私は感じていたのかもしれないなと

今日この記事を読ませて頂いて

識りました❤️⭐️😳✨