新しいテーマを追加しました。
「SAUCEが教えてくれること」
欲(食欲や体のメンテナンスの必要性)に駆られていない時は、もはや、自分とか、自分でないものとかの区別が無くなってきています。
いつも祈っています
私のハイアーセルフが、創造主、大いなる宇宙意識、All That Is そうしたものと、直で繋がっていますようにと
邪なものとは繋がらないよう
必要必然最善が起こるように
(万万が一邪が訪れても、動機も目的も善の一貫、必要必然、と信じるしかありません)
全てそれは、善でしかない宇宙に、自然に、委ねています。
その上で
「書いてしまった」ような記事に、このテーマを付けることにします。
ほとんど自動書記に近いものですが、別に不思議な現象でも特別なものでもなく、なんとなくふわーっと、思い付くから書く、みたいな話です。過剰な期待や入れ込みはしないでください。あくまでもひとつの「私の場合はこう感じたよ」な物語です。
とはいえ
書いている間は無我夢中、
はっと振り返ると「へぇーこんなの書いたんやw」「そうなんだ」と自分でも感心したり面白いと思ったりそうかあと助かったりするような文章です。
☆
高次の存在や
彼らからのメッセージを私達人間が受け取りやすくするための手助けを、あの手この手で仕掛けてくる「天使」たち。
私達が「たまたま」とか「ふと」とか「なんとなく」という言葉で表現する不意の出会いみたいなものは、みんな、彼らから私達の脳や神経や肉体に送られてくる信号(電気的なパルス)です。その信号を受信しているからこそ、「何故か」そっちへ足を運んだのだし、「何故か」そういう連想を脳内でしたのです。
「たまたま」「偶然」を、侮るなかれ。
☆
お昼にテレビで映画をやっているのをなんとなく発見し録画して観ました。
キアヌ・リーヴス主演
withジェニファー・コネリー
2008年の映画なのですね。(今頃見ました!)
2008年。10年前。
たった、というか、もうずいぶん前、というか。
少し切り口が違うとはいえ、それより更に前の1951年に作られた映画のリメイクなんだそうで(ずいぶん前じゃないか!)
そんなに前から、映画によってこんなメッセージが人類にもたらされて
(しかも2度も!とても大切なメッセージだったのに、1度目で人類がきちんと受け取れなかったから、また再度形を変えて現れたとも言えます。)
なのに、いまだに、あまり思ったほど、人類は大きく意識を進歩させたとは言い難いような気がします。昔よりは進んだかもしれませんが、全体的に見たらまだまだ全然足りないような。
いまだに、食、医療、戦争、生き方、等において、調和の無いことが山のよう。
地球は忍耐強く優しい、本当に母親のよう。
人類は今までにいったい何回「一生のお願い!」と地球に言ってきたんだろうww
そのあと
2012年前後の全体的な大きな意識変革の時期を経て
地球も人類も更に大きな変化をしたはずなんだけど、
見えやすいところと見えにくいところ、また
感じる人と感じない人、様々かもしれないけれど
進化したとはいえまだまだ
けれども着実に変化は進行中のようです。
2008年頃とは違って、上の宇宙意識?とでもいうようなものは、
地球はもう「全体的には」もう進まない、と判断し、
切り捨て、切り離し、蘇生不可能の部分を諦め、まだ助かる可能性のあるところだけを生かす、部分的に蘇生できるところをピックアップして切り離し始める方向に切り替わった、とでもいうかんじのようです。
全体をどうにかするのではなく(それはもう手遅れ)
気づいた人が全体のために発信するのでは
もはやなく、
「もう人とか全体とかのことはいいから、とにかく自分自身がしっかり変わってくださいね」
という。
だからもう、あまりブログで発信する気になれないのです(必然最小限にしたいと思います)。もはや語り尽くされた。もはやあちこちで、とうに語り尽くされ、最終便も既に出発したかのような。
もうみなさん、いつまでも絶対のマニュアルを探してうろうろしていないで
もう自分の心で解っているはずですから
とうに薄々気づいているはずですから、
(仲間でつるみたいだけか構ってほしいだけの人は、まだわかりませんまだ知りませんのふりをして情報集めをするふりをして遊んでいるだけ、もうセッションも講演会も古い、そういうのはほとんどレジャー、お金のやり取りの遊びです。辛口ですがぶっちゃけ真実です。)
あとは手探りでもいいから、失敗も成功も無いから、自分の直観と、これまで自分の中に蓄えた知識や経験から培われた感覚を総動員し、死ぬ気で探求・探究して見つけて選んで掴んでいく他、無い時代だと感じています。
蘇生可能と認められる少数派にいかに自分が選ばれるか、ではなく、選ばれし少数派に滑り込む方法を見つけるのではなく(そんなことはエゴなのです)、
エネルギーとして、魂として、死ぬことや消滅することは無いのだと知ってまずは安心し、
死や消滅の恐怖から生じる「生き残りへの執着」=エゴを外し、落ち着いたところで、
自分の「好き」「ワクワク」「心地好さ」を知って、それに集中することが、何よりも宇宙全体(そこにはもちろん自分自身も含まれます)のために善きこと、光の方向なのです。
今限りあるこの肉体としての自分だけが助かることとか、選ばれし少数派に滑り込むことなんか、最優先する必要はないのです。
そんな小手先目先のことよりも、
全体の一かけらとしての自分自身の魂を、平和と安らぎでピカピカにすることが、一番大切なのだと思います。
個人ではなく全体のためであり
かつ同時に
全体はもう気にしなくていいから個人に集中する、他者ではなく自己に、外ではなく内に集中する
真逆のように見えますが同時に存在して、かつ同じことなのです。矛盾はないのです。