自分自身を「好きである」とは、
「自分に親しみ、よく知り、仲良くなり、信頼していること」。
これさえできていれば、
人生の道の上での選択も、
迷ったときの答え探しも、
チャネリングやミディアムシップも、リーディングでも何でも
可能なのです。
唯一絶対の正解、なんて、存在しないのです。
だから、「自分の感覚は宇宙の正解と合っているか?」なんて、実はナンセンスです。
自分の感じたことが宇宙(世界)を作っている、つまり「自分の感覚が即宇宙の答え」だからです。(←これだってそうなんだよという永遠のアイロニーww)
宇宙も世界も 実体なんか無い
分離した魂から見た「夢の集まり」が、世界です。
私はこうである、とか、私はこういう世界に住んでいるんだ、と思うから、世界がそう見えるだけです。
「気づいた」とか、「違う」と思ったり、本当はこうだったのか、なんて思うときも、
ただそれまでと信じることが変わっただけの話です。
ここへ来て確信しました。
自分自身を信じる、自分自身を信頼することこそが、人生を楽に生きるために唯一大切で必要なことです。
ありのままの自分を信頼しきっていないか、本当に望んでいないことを選択している、芯の自分と一致していないとき、どこかにサインとして歪みが現れます。
自分自身を信じる、自分自身を信頼することこそが、人生を楽に生きるために唯一大切で必要なことです。
これを確信するに至ったところで
最初から「自分にはできませんから」という前提で、自分の考えをうっちゃって(本当は自分の思うところは根っこには持っているのに、悲しみや不安や被害者意識からか、なぜかそれを無視したり信じなかったり見ないふりをして)、人にチャネリングやミディアムを依頼してくること、それに応えてしまうことに、「これは本来の方向じゃない」っと、違和感を感じてしまいました。
全員ではないですが大抵、半信半疑で(なら何でお金まで払って申し込むんだろう?綱渡り?当たれば儲けもの、くらいな賭け?遊び?捨てても構わない安い遊び?自分を大事にしてないの?無謀だよ、乱暴だよね)、本当は自分の中で既に答えや信じていることが有って、それと同じことをこの人は言えるかどうか試している、みたいなことが、たとえ無意識にであっても、ほとんどの人がやっていることであると気づき、他人からセッションを提供する、人のチャネリングを請け負うというのは、違うのだ、と思いました。本来は自分でやるべきなのだと。
(※もちろん、他の方には他の方の思いがあり、アプローチの仕方、道筋があります。そんな大きなところへ急に目指すのではなく、まずはそうなる原因、悲しみを取り除くお手伝いをするとか、後の別のフォローが多いとか、もっと優しいやり方も選択も可能だし、ありなのです。他のセラピストさん達全員を否定するわけではありません。ただ、興味本意を助長するような場合もすごく多いことは、決して否めないとは思います。)
興味本意を満たすことや、不思議ワールドへの飽くなき欲を満たすために、レジャーのために、私は自分の本気の力を動員したくありません。
私が目指すのは、
本当に幸せになることであって、
レジャーではありません。
目指すのは、
皆が(私も)それぞれ、自分自身を信頼し、「自分自身を好きである」つまり「自立できている」世界であることです。
それをすると、宇宙全体のリズムやバランスが整い、各地でスムーズに一致が起こると感じるからです(自立が調和をらもたらすということ)。
そのためには
ミディアムシップセッションを提供していくという方法は、今の私の中では違うと感じたので、やめています。
上のバシャールの言葉を借りれば、
私の中でワクワクすることを選ぼうと思ったら、セッションを提供することがアンテナに引っ掛からなくなった、というだけのことです。
ならば、他にどんなアプローチがあるか?
自分の生き方があるか?
私自身、もっと自分自身を好きになり、もっと自分自身を信頼している、芯の自分と一致しているためには、どうするのが心地好いか、ワクワクした状態か?
これを徹することが、私ワールドを幸せにすることだし、同時に
私に関わる人達(私ワールドに登場する人達)も、自動的に芋づる式に、幸せになってしまうことに、つながるはずです。
日々、瞬間瞬間、模索中です。
自立…。
お読みくださりありがとうございました
