おはようございます🌈

今朝はまたとても長くなってしまいました。

訴えたいとかよりも、チャネリングメッセージなのかもしれません

お時間ある方のみお付き合い頂けましたら幸いです。

いつも勝手ですみません

お許しくださいm(_ _)m


大変な別れの体験、別れのかなしみや辛さ、いつまでもことあるごとに思い出してしまう、いつまでも続く喪失の虚しさ。辛いですよね。

それを辛くて嫌だ、いったいいつまで続くんだ、いつまでこうなんだ?

そう思ったときは、卒業のチャンスが来ている、少しでも一段階でも、卒業できるチャンスでタイミングだよ、というサインなのかもしれません。

もちろん、全部いっぺんにペロッと卒業できはしないかもしれません。それだけ濃厚で深い付き合いだったということです。

タイミングが来る度にそれを捉えて、生かし、一歩ずつ一歩ずつ確実に、ほぐしたり昇華させたりして、辛いだけの状態から卒業して行ければ良いと思います。

ただ、辛いのはわかりますが、辛いからって完全に消せるとは限らない、付き合いが濃かったなら、思い出が多いならなおさら、おそらく一生、喪失の思い出も消えることはないでしょう。

ならば、もうその思い出とは一生巧く付き合うしかありません。一生付き合うなら、辛い面、苦しく良くない側面に注目しないで、良い面として逆に食ってしまう、栄養にしてしまう、それしかないと思います。

今日はその具体的な方法について、昨夜寝る前に問いを発しておいたら朝目覚めたときに答えが来ていたので、自分の備忘録という側面も含みつつ、書いておきたいと思います。

(寝る前に解決したいことを発信しておき、完全に忘れて気楽に寝る。この習慣は皆様ご自身に習慣付けてくださると良いと思います。朝目が覚めた時にフット答えが来ていたりします。(これは催眠術のひとつの手法でもあります。)期待はしないで。答えに気がつかなくてもがっかりはしないで。一回や二回、三回や四回、十回や二十回できなかったからと言って(笑)簡単に無いことの証明になんかしないで下さい。目が覚めているときも同じ仕組みで答えをフット思い付きます。答えというのは絶大な革新的なお告げではありません。こうしたら良いんじゃないかな?っと思い付いたことをやってみる、その繰り返しが、自分自身で証明となっていくのです。)


①亡くしたその愛する人が「今は居ない」ということに注目せず、同じことを、「私の人生に奴は確かに居たのだ!」と幸せに言い換えましょう!
これは盛大に言い換えられるでしょう、だって今めちゃくちゃ辛いですよね?それはなぜだと思いますか?その人が「居た」からです。居たら楽しかった、良い思い出がいっぱいあるからです。良い思い出がいっぱいだからです。それをドカッと喪失したから悲しいんであって、じゃあ悲しみが大きい人ほど、たくさん楽しかった、たくさん愛していた、良い思い出がたくさんあったから、ということになります。後悔が大きいから悲しいという人もいるかもしれませんが、それだって思い出です。悪いことをしたことを後悔できるだけの関係だった、つまり思い出はあるわけです。何にも思い出が無い人だっています。そういう人は悲しくもなんともないんでしょうが、思い出も絡みも何にもなかったのです。その方が空しいでしょう、楽かもしれませんけれども。何にも無いよりは、思い出があるだけ幸せなのです。悲しいことに注目しないと言うことなのです。「私にはあの人との思い出があるんだ。私はあの人とたくさん想いの上で絡みがあったんだ」と、幸せに言い換えましょう。同じことを、別の言い方、別の捉え方で、言い換えましょう。

大天使ラファエルはいつも教えてくれます。
「悩みというのは、祈りのひとつの形である」と。こういうことで悩んでいる、不快である、と、自覚しているということは、じゃあどうなら嬉しいわけ?こうなったら喜べるんだ、それがわかっているこということです。悩みの逆が望みなんだから。いつもいつも、幸せなほうに引っくり返して言い換えるのです。

だから「チャンスだ」と、最初に書いたのです。

ただただ悲しみまくって夢中で泣きまくっている間は、泣きや涙や悲しみを、云わば楽しんでいる(たっぷり心行くまでしゃぶりつくして味わっている)状態なので、そのまま味わい尽くせば良いのです。無理に取り上げたら不完全燃焼、かえってしこりを残します。

けれどもそのあと、例えば亡くした後の後片付けとか諸手続きとか挨拶とか、そういう諸々が一段落して、ほっと一息ついたとき、暇になったときに、第二波がやって来るのでしょう、このときはまた涙を新たに、「裏を返す」感じで、泣きます。

今日この記事を読んで下り、こんなに長いのにまだ読んで下さっている方は、たぶん今そのあとなのです。「ああいったいいつまでこうなの(いつまで悲しいわけ)?」と思うのは、第三波で、自分の底には「卒業したいぞ」「他にやることもあるのに、支障をきたして困ってるぞ」「もう私は自分の人生に集中したいぞ、もう悲しみに囚われていたくはないぞ」という自覚が芽生えて来た時期なのでしょう。


②新しい面白いことに夢中になる
違うことを考える時間を少しずつ長くして行けば大丈夫オッケイです。少しずつ自然にそうなります。思い出すまでの間隔が少しずつ長くなります。思いがけない思い付きを「は?なんで?」と捨ててしまわずに、拾いましょう。あとからよく考えてみたら、案外縁のあったことだったと気がついたりもします。人生は思いがけなくて面白いものです♪


③面白かったエピソードを思い出して笑う

お葬式の待ち時間やその後の会食などで、集まった人たちと話し合っているときなど、たまにこんな場面に出くわします。そういやこんなことあったよねえ、と、リアルにその時のことを再現するように思い出して語りながら浸ると、思いがけず笑顔な時間になったりします。
思い出を語り合える共通の知人などが居ない場合でも、ひとり笑いしても怪しくない所でw、あるいは逆に、こみ上げる一人笑いを押さえなければならない所で敢えて思い出し笑いを試してみると、笑っちゃいけないと思えば思うほど可笑しさ増し増しで楽しく笑える効果も期待できます(笑)。(そのあとギャップに気がついて軽いショック状態で急に涙が溢れたりすると余計怪しいですが、それもいいじゃないですか。^^人間、泣いたり笑ったり。生きている証です。ありがとう、って思っておけば良いのです。変な人万歳です!みんなオカシクなりたいんです❤️🌷🍀🌸💐)


④笑いを求める。笑いのアンテナをそっと張っておく。

面白いことを引き寄せましょう。ほんの一粒の種を内側に持つことで、それは寄ってきます、アンテナに掛かります。些細なことほど案外いいかもしれません。

「無条件の愛」なんて言葉がありますが、「無条件の笑い」。

こうだったら、こういうことがわかっていたら、こういう条件下であれば笑える、という分厚い重厚な高度な難しい笑いではなくて、条件が少なくても笑える、とにかくシンプルに可笑しいこと。

心が少しほぐれたタイミングで、複雑というか高度な、重厚な笑いに触れれば、効果は絶大、そんなのに触れたときには感動すらします。

YouTubeなんかも笑いの宝庫です。
映画は気分転換にもってこい、別の世界にしばし旅できます。
さんまさん、たけしさん、所さん、タモリさん、さまぁず、マツコさん(あれ?ちょっとくくりが違いますがw)、面白い人たくさんいるし、
リアルの周りのお友達でもいいし(あんまり事情を知っていたり余計なお悔やみ入ると違うので、軽く笑いたいときは私はあんまり行かないけどww)
何かの学びの会に参加してみるでもいいし

笑いって、波長を合わせて探せば、結構出会えますよ♪

最悪出会えないときはもう自分を見て笑います♪(すさんだ蔑みではなくて、健康にね。)真剣なのって、端から見ると、可愛くて可笑しいんです。自分をちょっと離れて眺め見ましょう。愛をもってね♪❤️


「こんなときに笑ってるなんて」なんて罪悪感は無用です。

亡くなられた方はたいてい、こちらが思っているよりはるかに気楽(こだわりがない)ですが、こちらに負けないくらい、後悔はしている人も居ます(こだわりは浅いけれど)。その後悔というのは「私のせいだったのかな?」ですが、生きている側が発するその質問にはたいてい「あなたのせいじゃない」が答えのようです。高い波動域に入ると、自然に体得するのかもしれませんね、何でも「他の人のせいではない」ということを。世界は、この世でもあの世でも、世界というのは想いの現れ、現象化したもの、ホログラムなのだということを。

話が逸れましたが

「こんなときに笑ってるなんて」なんて罪悪感は無用です。

「あ、よかった。笑ってくれた♪^^」

とホッとする気持ち、わかりますよね?

向こうもそう思っています。

人も自分も同じです。


自分の幸せは人の幸せです。

一人が幸せなら世界の幸せに貢献します。

たくさんの一人が集まって世界は出来ているのですから。



ああ
またとても長くなってしまいました
お読み下さり、誠にありがとうございました。


自分らしい1日を🌼🌻🌷💐🌹